「さぁて、またひとっぷろあびてくっかあ!」
タオルを首に引っかけてミサトが立ち上がる。
「お、オヤジくさー・・・。」
ひっくり返っていた加持が頭だけを辛うじて持ち上げてつぶやく。
ぐしゃっ。
踏み潰すミサト。
「ぐえっ。」
昏倒する加持。振り返りもせず、ミサトは廊下を調理場に向かう。
「おっじさーん(^^)。」
「お、お嬢ちゃんか。なんだまたかい?」
「お・ね・が・い。」
「しょうがねえなあ。ほんとは飲酒しての湯治は、いけないんだぜ。」
板さんが、奥から一升瓶を抱えてくる。
「俺が寝酒にしようと思っていたとっておきだぜ。ま、あんたみたいな酒の精に飲まれた方が幸せかもな。」
「おっほほー。出羽桜万嶺じゃないの。ありがとう板さん。」
「年に一本手に入るかどうかって酒だ。心してのみなよ。」
「了解!」
一升瓶を肩に担いだミサトは山肌を洞穴の湯に向かってよじ登っていった。
山の中腹に洞穴がありその壁のひびから、温泉がにじみ出てくる珍しいお湯である。
もう夜も遅い。ミサトは思いきり良くバッと浴衣と帯を脱ぎ捨てて枝にかけた。
下には何もつけていない。ちょっと待てよ、下りで誰かとあったらどうすんの?
しかし、もともとおおざっぱな性格の上に酒が入ってるので気にしちゃあいない。
すっぽんぽんのまま、風呂下駄を履き、洞穴の中に一升瓶を握り締めて入って行く。
キンキンに冷えた一升瓶が肌に気持ちいい。
ざぶ、ざぶ、奥に進む。
真っ暗な中に鉱山用の蝋燭のように暗い明かりが一つだけ。
ぼんやりと湯気の中に浮かんでいる。
栓を抜いたビンを上に上げたまま肩迄浸かる。
飲泉用の小さな升に酒を注ぐ。くいーっ。
「あああーっ、きっくう!!」
最高である。あっというまに2,3合が胃の腑に流れ落ちていく。
うしろから、ざぷっ、ざぷっという音。誰かが入ってきたらしい。
「ふふ。物好きはいるものねー。」
にやりと笑ったミサトは、升を入ってきた人に押し付ける。
「どうぞ!」
「あら、悪いわね。」
後ろから入ってきたのはミサトと同じ年くらいの美しい女性であった。
悪びれもせずに受け取るとくいっと簡単に開けてしまう。
「実は私も持ってきたのよね。」
その女性は同じように一升瓶をみせる。やはり有名な銘柄の酒だ。
「原酒だから強いわよ。20度以上あるからね。」
こぷこぷこぷ・・・、注がれた酒を味わいながら2,3口で飲み干す。
「う〜ん、最高。」
二人の飲兵衛は、さしつさされつ、泥酔していった。
そこにもう一人の人物が・・・。今度は男である。その男も酒を持ち込んできた。
「やあ、混ぜて下さいね。」
「あらぁ、いい男じゃないの。いくつう?」
「28才です!第2東北大学の助手やってます。」
「わたしも第2東北大よ。文学部2年。」
二人はたちまち意気投合していちゃいちゃしはじめたが、ミサトは最初から
男の持ってきた酒を狙っていただけなので手酌でどんどんやっている。
ふと気がつくと、二人はいちゃつきの先まで突き進んでいた。
「ん・・・。はあ、はあ。」
男と女のあれた息使いが、狭い洞窟の中に響き渡る。
さすがのミサトも、カーッと頬に血が上るのを感じる。
「す、すごい。ごくっ。」
人の行為を見るのなんかはじめてだ。現金なもので急に加持が恋しくなる。
「そ、そろそろ帰ろうかな・・・・。」
それでも最後の一升瓶の首を掴んで2センチくらい残っていたのをきれいに片づける。
「お先に・・・。」
「あ、ああっ、そこ、そこお!!」「こ、こうかっ?」
「あん、ころしてっ、もう、だめっ!」
聞いちゃいない。
ミサトはほうほうの態で外に出ると、浴衣を巻き付けてがけを下り始めた。
「あっ!」
つまづいたミサトは、真っ逆さまにがけを転げ落ちていった。
「葛城、おいっ葛城!!」
「ん?加持、くん?」
「困ったやつだなあ、こんな所に寝て・・・。」
洞穴の湯の出入口であった。お湯の流れに乗って出て来てしまったようだ。
「板さんががけの道を行くおまえを見てたから良かったようなものの。」
苦笑する加持。
「あ、あのさ、二人、いなかった?」
「え?ふたり?」
加持の顔が引き攣る。
「な、なによ。その顔は・・・。」
「いや、板さんが、あそこは深夜は心中者の幽霊が出るから行かん方がいいと。」
「いいっ、あの人たち、そうだったの?!」
「ここに来るまで誰ともすれ違わなかったし、足跡だっておまえのしか・・・。」
ぞぞぞっと、悪寒が背中を走りぬける。洞穴湯には誰もいない。
「そう言えばやけにせっぱ詰まった感じだった。」
「止めてくれよ、俺、そういうのだめなんだよ。」
「わたしだって、だめよ〜。」
二人は転がるように山を下った。
洞穴湯の横にはこんな看板が立っていた。
「注意。たぬきが人を化かします。特にお酒を進められても断りましょう。」
ああ、また馬鹿なものを書いてしまった。
鳩よ、すまん!!(こめどころ)
ひ〜夏に掲示板に書かれたSSを冬までUPしてませんでした。
すいません(鳩矢)