「葛城調査隊の生き残りがこの大学にいるって?」

大学の汚い総合サークル棟の一室にに何人かの学生らしき人間が集まっていた。

 

ぼろぼろの古いポスター。手作りらしい無線機やパソコンが壁を埋め、古いモニターが部屋角にうち捨てられている。むやみと積み上げられたディスクの山。ソケットとコードと寝袋に埋めつくされた床…。わずかな隙間は煙草の吸い殻がつまった空缶が占領している。

 

「ああ、なんでも戦略シュミレーションセンターの電脳、例のAGシステム相手にすごい成績を出したらしいぜ。」

「どんな男だって?」

「それがさ、女らしいんだ。」

「おんなあ?」

「学生名簿はあるか?」

しばらくページをめくる音だけが聞こえ続ける。

「…これだ。地政学研の…、葛城ミサト。」

「葛城隊長の娘って事か。救出後、失語症になったって話をきいてたが。」

「セカンド・インパクトの中心地にいた訳だな。よほど… 。」

加持は、起きあがると、話しつづけている連中をあとに、部室を出た。

「…… 葛城ミサトか…。」

ぎらぎらとした太陽は、午前10時を迎えて、目の眩むような光を放ちはじめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

第三話

時間

 

春。大学は新入生を迎える喧燥がなんとなくみんなの気持ちを高ぶらせている。

その喧燥が一区切りつき、それぞれの人間がそれぞれの居場所を見つけてはめこまれて

いく、そんな日々が始まろうとしていた。

 

 

 

 

ミサトは全速力で構内を走っていた。古い煉瓦造りの建物の中に飛び込むと、一気に

階段を2段飛ばしで5階まで駆け登った。

午後から医学部に顔を出す日だったのをすっかり忘れていた。

思い出した時はもう約束の時間を2時間も過ぎていた。急いでドアの前で服装を整えると、

「すみません、先生。」

息を切らせながら講師室のドアを開いた。

「大遅刻だな、葛城ミサト。」

 

 

髭だらけの大柄な男が振り返った。

口調は乱暴だが目は笑っている。ミサトはその目を見て思わずにっこりと微笑んだ。

 

 

「すみませーん。おしゃべりに夢中になっちゃって…。」

男は立ちあがると、インターホンを取り上げ、コーヒーを2つ持ってくるように頼んだ。

「まあ、かけたまえ。」

ミサトなんとなくうきうきした感じで勧められた椅子に腰をかけた。

「すっかり、大学生が板に付いてきたねえ。そろそろコンパの盛んに開かれる頃かな?」

「はい、クラブの勧誘や、自主ゼミのお誘いや…いろいろと。」

「いちばん楽しい頃だな。」

コーヒーを持って、助手らしき女性がコーヒーを持ってきた。

「葛城さんは、ホンとにきれいになったから。男の子達が群がってるんじゃないかしら?」

ミサトを見つめ、姉のように優しい目で、女性がからかう。

「そんなこと、ないです。」

ミサトは頬を染めて小さくなって言った。どうも随分古くからの知り合いのようだ。

「さて、葛城さん。今週はどんな事があったか話してくれるかな。」

 

 

***

 

 

ミサトは1時間30分きっかり、ほとんど独りで喋り捲って部屋を出ていった。

「いやー、よくしゃべるなあ。」

「幾らでも話したい事があるみたいですね。」

「しかも、面白いんだ。人間を良く見て分析している。ただの馬鹿っぱなしじゃあない。

本人はそのつもりでもね。感情も相当豊かになってきた。」

「欲を言えば、感情的行動と理性的分析の解離、というところですか?」

「そこまで求めるのは…その辺の自己統一は健常人でもできてない人が多い訳だからね。理性の座が極端に肥大していかない限りは今の所、問題ないだろう。」

冷えたコーヒーを飲む。

 

「失感情を理性で補っている部分だって、まだある訳だろうし。表出していないものは、

まだまだいくらでもあるだろう。アンヘドニアの治療は膨大な時間がかかる。」

「空想に乏しい生活、情緒的経験の不足、生気のない、細部に向かいがちな話しぶり。

この辺りはだいぶ良くなってきてはいますが。少し過剰なくらいかな、表向きは。」

「ただ、今の段階ではまだ不安定だ。行き過ぎればファナック(自己顕示的)になり、

躁的防衛を繰り返す事になるだけだし…。情緒的経験を、そのまま処方する訳には、

いかないからね。あとは、それが積み上げられていく事を待つしかない。」

「あの子と関わって5年…。こちらの方がだいぶ経験を積ませてもらいましたね。」

「3人で、疑似家庭みたいな事をやっている間に、すっかりお父さんとお母さんになって しまった。僕らはあの子にすこしは陽性感惜を与える事ができたのかな。

未来に向かう夢を…。」

「先生は、ほんとに医者らしくありませんね。そこが素敵に見えるようになったんですけど、せめて、兄と姉にしませんか?」

「そうだな、ミサトが本当に立ち寄れる港ができたときは、その役目も終わる。そのときは…。」

「加持くん、て、どんな子なんでしょうね。」

 

二人は顔を見合わせ静かに微笑んだ。

そして、5階の窓から、並木道を走っていくミサトの後ろ姿をいつまでも見送りつづけていた。

 

 

***

 

 

「おい、葛城!」目の前を走り抜けていこうとしたミサトに加持が気付き声をかけた。

「あ、加持君、ヤッホーッ。」

急ブレーキをかけた車のような止まり方をして、ミサトは戻ってきた。

「葛城はいっつも走ってるな。4年間走りつづけたら、さぞ体力がつくだろうよ。」

「あんたはね、身体に黴が生えるわよ。」

何か話そうとした加持を手で遮ってミサトが大声で言った。

「あたし今ね、食堂に行こうとしてたの。お昼ご飯食べ損ねたから。3: 30分過ぎに

あっちの講義が終わるのよ。待ち合わせ相手は赤木リツコさん。そう、あの赤木博士の

お嬢さんよ。どうして急に金髪にしたのか知らないわ。ついおととい友達になったの!

それで?他に何かある?」

「いや、もういい。」

加持はため息をついて言った。手をちゃっちゃっと振って行けの合図をした。

「じゃあねー!」

「あ、ちょっとまってくれ!」

「はあい!」

「夕方、アパートに行く。いいか?」

「6:00には帰ってる ! お待ちしてますわん!」

ミサト投げキッスをして、あっという間に走っていった。

加持はもう一度ため息を吐いた。

「完全に食われてるかな、俺。」

 

***

 

 

 

夕暮れ時。

ミサトは、商店街を避けて、足早にアパートへの道をたどっていた。

 

暗い所は苦手。狭い所も苦手。幸せな生活の臭いのする所は苦手。ひとりぼっちは苦手…。

 

 

「今日は、加持くん来てくれるんだったな。」

 

思い出して、なんとなくほっとする。

それとも、私が先に帰って待ってるんだっけ?まあいいや。どうせ鍵はかかっていない。

あいつなら、先にくれば勝手に部屋へはいっているにちがいない。

角を曲がって、軽量鉄骨コンクリートの安作りのアパートが見えた。

3Fの自分の部屋。やっぱり明かりが点いている。

「加持くん、来てるんだ。」

てんてんてん…と階段を上り切ると、ドアが開いた。

「よ、上がってるぜ。」

「あんたねえ、ドアの外で待ってるべきだと思わなかったの?」

本当はかってに上がっている加持がうれしいくせに…。自分がおかしい。

「なに笑ってるんだ?」

「なんでもない。いろいろあるのよ。」

いろいろね。

がらんとした部屋。何も無い部屋。家具といってもベッドとクロゼット。背の高い鏡。

壁際に大きな本棚が2つ。そして、台所に冷蔵庫がひとつ、食卓が一つ。これで全部。

「ほんとに、おまえの部屋って何も無いんだなあ。」

「だって、ベッドと食卓があれば、足りるんだもん。後はお金の無駄よ。」

「だが、冷蔵庫にも何も入っていないし、つかった事あるのか、これ。」

「ないわよ。ぁ、氷が入ってるわ。」

水でも出してやるかと思って、冷蔵庫を開けると野菜や何かが目にはいってきた。

「え、なにこれ。」

「飯でも作ってやろうとおもってな。」

「なにそれ、普通の男はそんなことしないわよ。」

「・……残念ながら、俺は普通じゃないんだ。鍋なんかも買ってきたぞ。」

隣の部屋を振り返ると鍋や、電気釜や、ちゃわんやはしがポリ袋から覗いていた。

「お嫁にきたみたいね。ま、好きにしてよ。」

「よし来た。」

加持は腕まくりをすると、かばんの中からコンロをとりだした。

 

 

 

****

 

 

 

「あーつ、おなかいっぱーい!」

ミサトは大満足の声を上げた。

「うまかったか。」

「うん。あなた、家事の才能あるわね。」

にやりと笑って、

「加持くんは、カジが、お上手。」

二人で声をそろえていった後ひとしきり笑う。

 

 

 

ミサトが入れたインスタントコーヒーを飲みながら二人は居間でくつろいでいた。

ごろんと寝転がりながら、他愛ない話をし続ける。

「ごめんね、わたし、これくらいしかできないんだ。」

「いや、俺だって自分の為ならインスタントしかつくらんさ。」

「じゃ、私の為に作ってくれたの…。」

「いや、お返しに私を食べて、とかいってくれるんじゃないかとおもってさ。」

「ばーか。そんなわけないでしょ。」

 

「葛城。」

2、3回。くちびるを合わせた。ふと、加持は本棚を見上げる。

「大きな本棚だな。」

「父の、本なの。ほとんど。」

ミサトも本棚を見上げた。

「もうとっくに死んじゃった人。なのになぜ持って歩いてるんだろう。」

「葛城調査隊の。」

「…!

「聞いたよ。セカンドインパクトの中心にいた女の子の話。」

加持は低い声で、ゆっくりと言った。

「まだ、終わってないんだろう。君の中で。」

「わたしは…。」

喉が急に詰まった。声にならなかった。かすれる声でかまわず言った。

聞いてもらいたい、この人に。

「父を、憎んでいたの。」

加持が振り返った。ミサトをじっと見る。

「父は、家庭なんかまったく顧みない人だった。いつもいつも仕事で。母は泣いてた。

泣いて、泣いて、そして死んでしまった。でも……。」

ミサトも加持を振り返ってじっと見詰めた。

「あの人は! あの人は、わたしを、自分の救命カプセルに入れて。自分は死んでしまった。 みんなと、死んでしまった。」

 

しばらく、ミサトはだまりこんだ。

加持は、一言も言わずにミサトの横にいた。

 

「まだ、夢に見る。カプセルのシャッターが下りる瞬間の父の顔を。でも、顔が無いの。

わたしは、ろくに顔を合わせた事も無い父の顔を良く覚えていないから。

…でも、そんな私に、ためらいもせずに父は命をくれたのよ。」

ミサトの肩は小刻みに震えていた。

「わたし…。」

 

 

 

 

「葛城、ここの本、触ってもいいかな。」

加持は、ミサトがこっくりと肯く気配を感じた。

専門書ばかりだが、既にページがはがれなくなっているものもあった。セカンドインパクト後の洪水で濡れたのだろうか。

加持は、一冊、一冊、丁寧に取り出すと、何ページか読んでは積み上げていった。

ミサトは、いつのまにか、正座してその姿を見ていた。

 

静かだった。

 

ぱらぱらとページをめくる音だけが部屋の中にある。

ミサトは、この父の蔵書に手を触れた事は一度も無かった。触れる勇気が無かった。

その父の書籍を今、加持が読んでいる…。

ミサトは、手を伸ばした。震える手で、加持が置いた本の一冊に。

 

「この本…。」

 

思い出した。これはお父さんの本じゃない、私の本。

小さい頃、いつも持って歩いていた、天文と神話の本。

何故、これが父の本棚に?

 

 

表紙を開く。ページをめくる。

 

そこに、古びて、色の褪せた遊園地の前売券が2枚、はさまっていた。

 

 

 

「デジャブーランドのチケット……?」

裏返すと、父の字があった。

「ミサトと遊園地に。5/17。」

そのチケットには、入場印がなかった。使われていない入場券。

ミサトはつぶやいた。

 

 

 

「お父さん、聞こえて、いたの …… 。」

 

 

 

 


 第三話をお届けします。寛容な大家さんのおかげで第三話まで来ました。
あまり進展していませんね。初投稿ですからその辺お許し下さい〜。
タイムテーブル的には、二話の続きです。つながらない?そうかも。
ミサトの失語症を治療したお医者さん達が出てきます。
ここのとこ気になってたんですが、なかな書けないので、登場だけしてもらいました。
加持に段々傾斜していくミサトを書きたいです。
第四話は第一話へのつなぎ。ミサトがついに加持にすべてを許すまで。です。(真っ赤)
感想、ご意見のある方は掲示板に。感想をくれた方ありがとうございます。
こめどころ

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