第二話 幸せな結末

 

 

「…ここは?」

どうも、軽い前行性健忘に陥っているようだった。何の事はない自分のアパートだった。

周りを見回すと、屍累々…… 10数人はいるようだ。

「ああ、そうか。ちょっち、飲みすぎたかしらねえ。」

ほとんどは、大学の研究室仲間達だ。

「あきれた…。」

あの、堅物の高久教授まで寝ている。しかもミサトのベッドをしっかり占領して。

まあ、ご老体をいたわって誰かがぶち込んだという事も考えられるが。

酔っ払って、誰彼なく電話をかけまくって人を集めた記憶があるわね。)

髪の毛をぐしゃぐしゃとかきまわしながらミサトはつぶやいた。

まずったなと思っている時のミサトの癖だ。

ポケットからくしゃくしゃになった煙草をひっぱり出した。一本だけ残っている。

ひん曲がっているのを破けないように伸ばす。

あーあ…。これからどうしようかな。)

火が無い。ライターをどこにいれたかしら。

暗い中で動くのはいやだった。暗い所は、まだ苦手だ。

シュボッ 火が点いた。誰かがつけてくれたらしい。

「あ、あんがと。」

ミサトは火を透かして相手の顔を見ようとしたが、どうも知らない顔だった。

煙草を吸って、一息つくと相手の方が話し掛けてきた。

「葛城って、いったっけ? きみ。」

「あんた、だれ?」

相手の男は自分も煙草に火をつけた。やっぱり知らない顔だった。

そいつは、にやっとわらってなれなれしく言った。

「加持リョウジ。……これからよろしくな。」

 

 

 

「よう、葛城。」

講義が終わった午後のキャンパス。ミサトはぼんやりと同じ講義を受けた集団の中を

何処へともなく歩いていた。

後ろから、ぽんと肩を叩かれた。振り返るとあの男だ。加持とかいったっけか。

昼間に見るとますますもって怪しげなやつ。

こんなボーッとした顔して、結構プレイボーイだという話だから、人は見た目じゃわからん。

「あ、あんたか。」

「あんたか、はないだろう?一夜を友にした仲じゃないか。」

まわりにザワッとした波紋が広がったようにミサトは感じた。

「あ、あ、あんたねえっ!

「しっ!人目がある。こっちへ!」

加持は、ミサトの手をつかむと身をかがめる様にして走り出した。

おもわずつられて、ミサトも走る。集団から抜け出して木陰まで来てはっとした。

「なんでわたしが、人目をはばかんなきゃならないのよ!!」

「いや、ついてくるかな〜と、思ったんだが付いてきたなあ。きみには見所があるよ。」

「人を、おちょくるのもたいがいにしなさいよ!!」

「ま、落ち着いて。」

加持は何処吹く風という感じでさらりと言った。

「じつはな。」

「なによ。」

「話があるんだ。言っていいかい?」

「早く言いなさいよ。私は気が短いんだからね。」

「しかし、断られるかもしれない。そう思うとどうも…。」

なに、こいつ私に相談事でもあるのかしら。

…言いなさいよ。わたしで、できることなら、なんでも…。」

加持はびっくりしたような顔をした。

「きいてくれるのか? こんな俺の話を?」

「ま、まあね、うん。このあいだの、ライターのお礼ぐらいね。」

「おまえって、いいやつなんだな。」

「なによ、早く言いなさいよ。」

照れ隠しに大きな声を出した。

「わかった。言うよ。」

加持は決心したようにいった。真剣な目が真っ直ぐミサトを見ていた。

「葛城、俺とデートしてくれない?」

「へ?」

加持はにやりとわらって、ウインクを返してきた。

 

 

 

次の日曜日。ミサトは何とかランドに、めかしこんで赤い風船を持って立っていた。

「あ、悪夢だ。このミサトさんが。」

 

加持は、いつもと違ってバリっとした服を着ていた。髭もそっていた。

「… いつもと、雰囲気ちがうじゃない。」

「葛城もな。」

けろりとして加持は言った。そして、身体の後ろからアイスクリームと真っ赤な風船を

取り出した。

「あ、あんた、それをどうするつもりよ。」

「食べるに決まってるだろ。デートといえばアイスクリームだと俺は親父に習った。」

しゃあしゃあと加持は言った。アイスクリームを渡されてしまっては、食べない訳にいかない。ミサトと加持は仲良くベンチに座ってアイスを舐める羽目になった。

そのうえ真っ赤な風船を持たされた。

「ここは、広いからな。迷子にならない様にこういうふうに。」

あっというまに手首に結ばれてしまった。

「あ、バッグはあずけてこよう。手荷物があるとつかれる。必要なものだけポーチに移せ。」

小さなポーチ一つ残して、加持はミサトのバッグをロッカーにほうり込んでしまった。

ミサトは、なんでも持って歩く癖があったから、かなり大きなバッグをいつも持っていた。

それが無くなると、妙に不安だったが、さすがに歩くのは楽になった。

 

こうして、ミサトは何とかランドで赤い風船持ってめかしこんで立ち尽くしていた…。

 

「さ、行こう。まずはメリーゴーランドかな。」

「か、加持〜。かんべんしてよお。」

「だめだ。葛城は今日、俺に付き合うって約束したんだからな。」

 

真っ赤になってメリーゴーランドに乗らされ、写真まで取られた。次は自由降下の

落下傘で、不覚にも加持にしがみついて悲鳴を上げた。ジャングル川くだりでは、

思いっきりはしゃいで川に落ちそうになって、引き戻された。お化け屋敷でおばけを

蹴倒して、加持は係員に平謝りした。ホットドッグを6本食べた。ピーターパンの芝居を見て泣きそうになった。無重力空間射撃ゲームで満点の商品を獲得した。

いつのまにか日が傾いてきたが、ミサトは帰りたくなかった。

 

「葛城、もうすぐ花火が始まるからな。あのお城の上から何十発も…。」

加持とミサトは見晴らしのいい芝生の上に座って、ライトアップされた西洋風のお城を眺めていた。突然、何かのキャラクターが現れて花火を撒き散らした。鮮やかな色彩が辺り一面を埋め尽くす。華やかな音楽。周りの人々の大歓声。

「そういえば…。」

ミサトは、小さい頃この遊園地に遊びに行きたがって駄々をこねた事を急に思い出した。

父は忙しい人だった。たいていは海外で実地踏査をしていて、日本にいる間は、毎日毎日私が寝てから帰ってきて、出かける時には寝ているか、すでに出掛けた後かだった。

めずらしく、まだ寝ているのを知った朝。私は前から頼みたかったことを、おもいきって

父に頼もうと決意した。重い、マホガニーのドアを開けると、ベッドの上に父の髪の毛だけが見えた。

「お父さん。わたし、デジャブ・ランドに行きたいの。お友達はみんな行ってるの。クラスで行った事ない子はもう、ほとんどいないの。だから…だから…。」

父は、聞いているのか聞いていないのかわからなかった。がっかりしてドアを閉めた。

 

(あのとき、お父さんと来ていたら、こんな風に楽しかったのかな。)

 

ミサトは、加持の横顔を見るとは無しに見ていた。

加持の顔は、花火に照らされて赤くなったり、黄色くなったりしている。

ろくに会ったことの無い父の顔をミサトはよく憶えていなかった。

(加持くんと、似ていたかな?)

顔も覚えていない薄情な娘に、父は命をくれた。

自分の脱出カプセルに迷う事無く私を乗せた。

わたしは、父に愛されていないと思ってた。でも、そうじゃなかった、とも思う。

父は私をどう思ってたんだろう ?

愛していたと思うよ。誰かの声が聞こえた。

そうね。父は私をきっと愛していてくれたに違いない。

誰よりも愛していてくれたに違いない。

 

「加持くん。」

「なんだい葛城。」

花火は、相変わらず派手に上がっていた。

「なぜ、私を誘ったの?そんなに物欲しげだった、わたし。」

加持は苦笑した。髪をくしゃくしゃと指で掻く。

(あ、わたしと、お父さんと、同じ癖だ。)

「笑わないか?」

「おかしきゃ笑うわよ。」

「ひとめぼれしたんだ。いい女だなーってさ。煙草の火、点けてやった時。」

「は?」

可笑しさが込み上げてきた。こいつ、この昼行灯のプレイボーイが?よく言うわよ。

「あ、はははははは。ははははは。」

「笑いたきゃ、笑え。」

加持はすねたように言って、少し笑った。

しばらく笑った後、わたしは涙をぬぐった。いつのまにか泣いていた? わたし?

「加持くん。いい女は、高くつくのはわかってるでしょうね。」

その後、自分でもびっくりした。

 

「わたし、加持君の彼女になりたいな。」

 

 

 

 

 

その夜、わたしは、加持と初めてキスをした。

 

 

 







第二話です。時間的に少し戻りました。
コメントできるほどのことも無いのですが、どうしてお付き合いをはじめたの?
という疑問があったもんですから。
高校生のデートみたいというご不満もありましょうが、こんなところではなかったかと。
あの二人、意外とまじめなとこがありますから、健全なデートです。
少女漫画みたい、ですか?
こめどころ
 

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