「消えた??チビッコ・ボクシング大会」
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「い……、一回目……」
無機質な女子高校生のアナウンスとともに、振り下ろされる木槌。
「カーーン!!」
鋭い金属音もおさまらないうちに、大人の怒号がリングに押し寄せる。
「……押せ! 押してけって!」
「足だ、XX! 回りこめっ……!!」
個々には何を言っている分からない怒鳴り声の交錯。それが一斉に向けられているのです。
小学2年生、少年同士の"殴り合い"に……。
私が初めて足を踏み入れたチビッコ・ボクシング大会。その第一印象は……。
「まるで……」
どう表現していいのか……。
体育館には30人ぐらいしか居ないのに、声を出していないのは私ぐらいなのです。
その騒然とした雰囲気と同等の印象を私は過去にどこかでも目撃したような……。
思い出せずに戸惑って……。
いや! 曖昧な記憶をたどっている暇はありません。
ハッとして、私はリングで闘う彼らを見つめました。
ヘッドギアからは、まだ公園の砂場で遊んでいいような幼い顔が覗いています。
が、その可愛らしい顔には、容赦なくグローブが叩きつけられています。
お互いに……休む間合いさえない撃ち合いです。パンチというより、死力をかけた"ド突き合い"!!
少年たちがはめているのは、人工皮の大き目グローブ。
以前にTVで見た時のような風船おもちゃじゃありません。
ジム名入りのトランクスとシャツも、高校生のそれと同じようなサテン地の輝きを誇っています。
試合はまさに一進一退。傍目には低学年の"ド突き合い"?。ボクシングの技もへったくれもない?
(最初、私もそう誤解していました。)
違います! こんなにハードな小学生スポーツなんて、私は見たことありません。
なにしろ、小学2年くらいの子が、ゴング開始から一瞬の休む間も与えられず、
ひたすらパンチを繰り出しているのです。
体格をそのまま等比的に伸ばせば、高校アマ・ボックスでの猛烈な打撃戦に相当する
ファイトではないでしょうか?
互いのグローブがもつれ合った瞬間、「こけた的ダウン」にリングを囲む大人たちからは、
苦笑のようなざわめきがありましたが、大きな勘違いをしているように思えてなりません。
壮絶な"ド突き合い"は、どちらか一方の手数が上回ってしまうと、一気にロープ際まで戦場が移って!
押されていた赤トランクスの少年がダウン!!
「……ファイブ。……シックス。……」
この時だけは。……なぜか大人たちの怒号が一瞬止みます。
レフェリーの乾いたカウント。
赤トランクスの少年は半泣きの顔で起き上がります。
いままで気がつきませんでしたが、シューズだけは市販のスポーツシューズ……。
「ボックス!」
レフェリーの声を合図に、またもや怒号の焔が体育館に燃え上がります。
「……っびゅ! ッびゅ!」
今度は赤トランクス君の泣きベソを怒りに代えた連続パンチ! 大粒の雹のような猛連打。
青ユニフォーム君の顔面を見る間に鼻血まみれにして!
「ストップ!!」
「……」
またもや静寂に帰る高校のオンボロ体育館。
レフェリーがハンカチで青ユニフォーム君の鼻を拭いながら。
「XXX……か? XXXXXX……か?」
聞こえません。レフェリーは大きな背中に似合わない小声で何か囁いています。
涙だか鼻水だか分からない表情で、首を振る青ユニフォーム君。
まだ。やるんだ。
その不気味なまでの静寂の間。
マウスピースを吐き出しそうな子ヤギたちの息づかいしか聞こえてこない。
折れそうな肩を上下させる彼らに、両手を伸ばしたレフェリーは大声を張り上げて。
「ボックス!」
湧きあがる大人たちの騒乱に、そそのかされる少年たちのグローブ。お互いの顔面めがけて……。
まだ私は会場入り口で呆然としたままでした。
これが小学2年生の闘い? まだ1分間のファースト・ラウンドも終わっちゃいないのです。
「小学生の可愛いファイト? 大人顔負け元気いっぱい?」
嘘つきです。またもや、TVニュースは私に表面ヅラの事象しか教えてくれませんでした。
私は少年ボクシングは残酷だとか言うつもりはありません。
少年に限らず、競技スポーツにはそういう局面が多々あるものです。
にも関わらず……。普段、目にする機会の多いミニバスケットとか、サッカーとは圧倒的に違う。
私自身も、少年スポーツのいろいろな競技種目を見たり、
あるいは、自分がやったりしてきたつもりです。
でも、この光景さは感じたことのない異様さでした。たった、1分間なのに……。
「カーン!!」
1ラウンド終了のゴングが、私を無力な目撃者に引き戻しました。
壮絶な撃ち合いを経験した少年たちの荒荒しい息が、ここまで聞こえてきます。
わずか一試合も終わってません。それも、たった1ラウンド……
と……。
私の後ろでは、別の少年の気配が。
「……ッシュ! ……ッシュ!!」
バンテージを巻いた拳でシャドーの動作。
小学5年生ぐらいの子が、ウオームアップを開始。
その時、私はカメラを持っていませんでしたが、恐らく125分の1秒では静止できない速さでしょう。
いまリングにいる子ヤギ君たちとは比べ物にならない動き!
少年がはいているのは試合用の"三本線"サッカーパンツ。
それと不釣合いなランニングはきついシルバーの輝き。
精悍な目鼻立ちには、豹も怖気づくような光が漲っています。
試合前に漲らせる高揚と、言い知れない相手への恐怖と……。
まさに。私が「夢想していた少年たち」と同じ格好なのでした。
同じクラスの憧れスポーツ少年を勝手に着替えさせた……、
独りぼっちのベッドの妄想と同じ……。
私の左手の指がかすかに震えています。
ど、どうなってしまうんでしょうか。このまま全試合を見続ける勇気が、自分にあるのでしょうか??
私の動揺など踏み潰すように、サッカーパンツの少年はシャドーを続けています……。
(つづく。このまま書く勇気があったなら……。)
<追記>
……思い出しました。あの大人たちの雰囲気。
数年前、某エマージング某国の田舎で。"闘鶏"を見た時も同じショックを感じました。
そう思い出したのは、「この目撃」の帰り道だったと思います……。
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