Light in Darkness   

   

Presented by Masaki Morimiya

 

彼が彼女に出会ったのは、大学時代の時だった。 
彼女はいつも女友達と二人でキャンパスを闊歩していた。彼女も彼女の友達も学部だけでなく、大学中の注目の的だった。
どちらも美形だったが、注目の理由はそれだけではなかった。かたやセカンド・インパクトの唯一の生存者、
かたや天才科学者の一人娘。これで注目されないはずがない。
 しかし、実際に彼女たちに積極的に近づこうとする男はほとんどいなかった。彼女たちは容姿端麗、なおかつ学部で1,2を争う優秀な頭脳の持ち主だ。大半の男たちは憧憬の念を持って遠巻きに見ているのが関の山だった。
 だが、彼は違った。相手の感情を考えさえしなければ人に近づくのは実に簡単なのだ。
彼は自分の好みのタイプに近づき、首尾良く彼女の「恋人」になった。


「ん……あっ、はあっ、くっ……」 
甘く濡れた吐息、堪えようもなくこぼれ落ちる声。闇の中、確かなものはお互いの肌の温もりだけ。
それすらも境界線を失って溶け合っていくような、短くも長い永遠の刹那。
「ああ……はあっ、んっ、ああ、いくっ、いっちゃうっ……!」
 しなやかな身体が反り返る。腰を打ちつける。
「うっ……!」 やがて激しい律動が収まり、荒い呼吸だけが残った。
「……全く、今何時だと思ってるんだよ」
 笑いを含んだ声で語りかけ、彼は遮光カーテンを開けた。闇に慣れた目には刺すような光が部屋に満ちた。
布団の上で無防備な姿をさらしている彼女の裸身もあらわになる。
「いやだ、カーテン閉めてよ。……それに何時だっていいじゃない」 
乱れた長髪を整えるでもなく、乳房もあらわに彼女が半身を起こした。所々淡い紅色のキスマークが残っている。
「俺達もう1週間も大学に行ってないぜ」
「そんなことどうだっていいじゃない」
 カーテンを閉めた彼の頬を彼女の指先がなぞる。その指先が唇に触れると、彼の手が彼女の手首を捕まえ、そのまま布団に押し倒す。彼女は実にいい身体をした「女」だった。彼にとってはそれで十分だった。
「これ、どう?」 彼は枕元にあったタオルを彼女の目に巻きつけた。
「えっ……じゃああなたもね」 彼女は手探りでタオルを握り、彼に向かって突きだした。
「大胆だな、どうなっても知らないぜ」 
彼も目を隠した。さっきよりも濃密な闇に包まれ、輪郭さえも分からなくなる。

不安に、なった。

 ゆっくりと手を伸ばす。指先に暖かく柔らかいものが触れた。一瞬動きが止まったが、そのまま指先を這わせる。
「ん……」 
その指先の左斜め下から吐息が漏れた。どうやら彼女の左頬に触れているらしい。見当をつけて顔を寄せた。
少しずれた。もう少し右に唇を押しつける。柔らかく濡れたものに舌を絡め取られ、刹那動揺した。その濡れたものが自分と同じものだと確認した瞬間、彼も舌を伸ばして絡め合う。もう何百回と飽きることなく繰り返してきた彼女とのキス。
なのにこんなに不安なのは何故だろう?

(視覚遮断)
(概念理解)
 
そんな言葉が彼の頭をよぎった。彼女とキスを交わしながら彼は先日の心理学の授業を思い出していた。
 その授業で彼は「ブラインド・ウォーク」という活動に参加した。
「ブラインド・ウォーク」とは、二人一組でペアになり、片方が目を閉じ、もう片方が相手の手を取って
誘導して歩いたりいろいろなものに触らせたりする、カウンセリング理論に基づくワークだ。
 視覚を遮断されることで人は驚くほど臆病になり、不安に駆られる。そして視覚以外の感覚が鋭敏になる。
風の動き、匂い、光、音……など。そして、自分の感覚を表す言葉が思いの外少ないことにも気づく。
自分が何に触れているか分からない時の不安感。何であるか分かった時の安心感。いかに日頃、「イス」「ドアノブ」といった概念で物事を確認していたかが分かる。そして――。

「うっ……!」 思わずうめき声を上げた。細くしなやかな何かが彼の左脇腹を探るように滑っていた。
彼は唇を移動させ、手も使って感触を確かめた。
(この細そうな感じは首……)
(硬い……鎖骨)
(先がとがってる……) 
彼はその先がとがったものを唇に含んできつく吸い上げた。
「はああっ!」
 彼の下にあるものがしなった。彼はその甘い匂いのする柔らかな場所に顔を埋めた。
「ん、あっ……いやっ、はあ、くっ、あっ、ああっ」
 彼が唇と指先でくすぐる度に、頭の上から声が聞こえてくる。「可愛い」と思った。
「可愛いよ……もっと聴かせて」 
そう囁きかけ、彼は指先を下へ持っていった。さらさらした極細の柔らかいものに触れると、そこが波打った。
更に下へ行くと、今度は湿ったものに突き当たった。指先で探っていると湿り気が増して指先だけでなく掌まで濡れてくる。
唾液をかき混ぜたようなような音がする。
「……美味しそうだね」
「ああ、音立てないで……あっ、んん、はあ、やっ……」 
何かが彼の頭をきつく抱え込む。鋭いものが食い込み、髪を掻きむしる。彼は構わず溝を探り当てるとそのまま中に指先を入れた。
「ああっ!」
 中は外より更に暖かく柔らかだった。指先が優しく握られた。爪先で軽くひっかくと、濡れたものがとめどもなくあふれ出す。
呼吸が一層荒くなる。 もう彼は指先だけでは我慢が出来なくなっていた。彼の分身が存在を激しく主張している。
彼は指を抜くとそこに分身を当てた。
「入れるよ」
 返事はなかったが、彼の頭をきつく抱え込んだものが肩を抱いた。彼の分身は引き込まれるように中に入った。
「うっ」
「はあっ」 
入れた瞬間から腰を激しく動かさなければいられないような快感が脳髄に伝わってきた。
ぐいぐいと腰を引き付けては離す。
「ああっ、やっ、いつもよりっ……はあ、ああ、んんっ、あくっ、はあんっ」 
分身がとろけそうだった。身体が熱い。
今の彼に出来ることはただ腰を動かすことだけだった。

「リョウジっ……!」

「えっ……?」
 
一瞬自分の名前だと理解できなかった。目を覆っていたタオルの結び目がほどけた。
解放された視界の先にいるのは――。

「ミサトっ……!」  

リョウジはミサトをきつく抱きしめた。どこにでもいる女。けれどもここにしかいない女。
ミサトは確かに今目の前にいてリョウジを抱き返している。

「ブラインド・ウォーク」――実際の「モノ」に触れ、その「感じ」を味わうワーク。
そして手を取って自分を導いてくれる相手への信頼がないと成り立たないワーク。 
別名「トラスト・ウォーク」――信頼の歩行。

「ああ……はあっ、んっ、ああ、いくっ、いっちゃうっ……!」 
今までのセックスと同じような絶頂への叫び。けれど、今のリョウジにはそれが愛おしい。
例えその愛おしさが今だけのものだとしても。
「ああ、ミサト……」 
リョウジは更に激しく腰を打ちつけた。もう限界が迫っていた。ミサトの喘ぎもせっぱ詰まってきている。
快感に翻弄される肉体が限界に達した。
「あああんっ!」
「ミサト……!」

 リョウジはミサトの頭を左腕に乗せ、ぼんやりと天井を見上げていた。眼を閉じたままミサトが囁いた。
「初めてね」
「何が?」
「してるときに名前呼んでくれたの」
「そうだったかな」
「そうよ。……嬉しかった、すっごく。やっと私をちゃんと見てくれたみたいで」 
リョウジはミサトを見た。ミサトもリョウジを見つめている。お互いの視線が結びつく。
確かに初めてかも知れない。
こんなにミサトを感じたのは。
ミサトが確かに自分の考えを持った1人の「人間」だと感じたのは。CUT
恐い気もする。けれど、愛おしくも思う。 ミサトは微笑み小さくあくびをして眼を閉じた。すぐに呼吸が深くなる。
(おやおや) 
頭を掻いて、そのままリョウジも眼を閉じた。気持ちよく眠れそうだった。

 ミサトとリョウジが久しぶりに大学に行ったのはその翌日のことだった。
そこにはミサトの親友リツコに呆れられて照れるリョウジの姿があった。
 リョウジがやがてミサトを愛するようになったかどうかはまた別の物語で語られることだろう。               

 

-The End





・作者コメント
 タイトルはYMOの曲から取りました。短編は初挑戦です。所要時間は280分。
 おかずにならない18禁。ちなみに「ブラインド・ウォーク」は3回やったことがありますが、
 「ブラインド・セックス」についてはノーコメント(笑)。御意見御感想お待ちしています。