その日、いっぱいの買い物を抱えて帰ってきたミサトが階段を上りかけると、

加持と男達の声が聞こえた。

「帰ってくれ、頼む。」

低いが良く通る加持の声。

ぼそぼそと、小さくなる声。

ミサトが階段の下に身を隠すとどやどやと数人の男達が出ていった。

 

「加持はもう終りだな。」

「いや…、もう少し待ってみよう。」

 

そんな会話が聞こえた。

いやな予感がした。

ドアを開けると加持がバッグに着替えを詰めていた。

 

「どうしたの?」

「暫く出かける。」

「まってよ。どこにいくの?」

「まあ、仕事だ。心配は要らないさ。10日もすれば帰る。」

 

加持は立ち上がった。

 

「ねえ、ほんとにどうしたのよ。行き先はどこなのよ。連絡はどう付けるの?」

「行かないと分からないんだ。こちらから連絡する。じゃな。」

 

否も応なかった。

たちまち加持は階段を駆け降りていった。

 

「加持っ! ばかやろーっ!!」

 

くつしたのまま部屋の前まで走り出て、ミサトは階段に向かって大声で叫んだ。

 

 

 

 

 

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 第九話

YOU MADE ME LOVE YOU

 

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加持が出ていってしまった。

 

 

 

 

 

 

一日目、雨。

 

膝を抱えて、終日部屋の中で加持を待つ。

 

夜半、車の止まる音に外に走り出る。

だが、階下の酔っ払いが帰ってきただけだった。

 

 

 

 

二日目、小雨から曇り。風が強い。

 

今日も終日部屋で加持を待つ。

数回電話あり。電話勧誘とアンケート調査。リツコから。

 

 

「「ミサト?今日掲示板に加持君の呼び出しが出ていたわよ。

どこかの団体の研究助成金が降りたみたい。よかったじゃない。

加持君に連絡しておいて。以上。」」

 

事務的なリツコの声。

 

だって…いないんだもの。加持、どこか行っちゃったんだもの。

 

 

 

 

 

三日目、雨。午後からひどくなる。

 

 

激しい雨が窓を叩き割ろうとするように吹きつける。

がたがたと、古い窓枠が震える。まだ2時ごろなのに真っ暗になる。

激しい稲光。寒冷前線が通過しているようだ。

ぴしゃーっ、っとつんざくような落雷の音が響く。布団にもぐりこんで

丸くなって頭を抱え込んでいた。

 

「加持、加持、加持、加持、加持…。」

 

気がつくと、呪文のように加持の名を唱えていた。

 

そのまま眠り込んでしまった。

気がつくと深夜の2時過ぎだった。

四日目の夜。サンダルを履いて、アパートを出る。ひどく喉が渇いていた。

近くのコンビニにて、ビールを買ってくる。

ぷしゅっ。音を立てて栓を開く。小さな公園のまだ濡れているベンチでビールを飲む。

下着に染みて、一層惨めな感じがした。

一気に飲み干して、見るとEBISUマークの金色の缶だった。

あいつが、いつも飲んでいるビール。

 

「ばかだ…、わたしって。」

 

缶を投げ捨てて、もう一本飲む。

たちまち缶が空っぽになった。三本目を開けて飲みながら歩く。

何かに蹴躓いて、公園の花壇の中に思い切り倒れ込む。

泥だらけになったが気にもならなかった。

 

 

 

六日目?七日目?

 

床に寝転がったまま何もせずに、ボーッとしている。

加持が出ていった日に買い込んできた買い物袋が、いやな匂いを放っている。

 

「かたずけなくちゃね…。」

 

独り言を言う。

 

「かたずけなくちゃね…。」

 

 

 

電話が鳴っている…。でも出る気がしない。

リツコの声?

遠くから聞こえてくる。

近くから聞こえてくる。

 

だって、加持がいないんだもの。

 

ひとりなんだもの。

 

おいてけぼりなんだもの。

 

 

 

 

 

約束したのに。

あんなに約束したのに。

 

 

 

ワタシヲオイテイカナイッテ

ワタシヲヒトリニシナイッテ

 

 

 

 

イッチャイヤダ。

イッチャイヤダヨウ。

 

 

 

 

カジ…………。

 

 

 

 

 

 

 

何日目だろう。

 

ミサトは目を醒ました。

 

壊れたブラインドから射し込むまぶしい日差しが、ミサトの顔を照らしていた。

ぼんやりと焦点が合ってくる目。

起き上がる。足元に力がまるで入らない。やっとの思いで水道の蛇口をひねった。

噴き出す水。蛇口に口をつけて、ごくごくといつまでも、水を飲みつづける。

口を離すと、キッチンの床にぺたんと坐り込んだ。

周りを見回すと、新聞が戸口に山の様に溜まっていた。ドアを開けると、牛乳受けに

三日分のミルクがおいてある。この後は、気を利かせて牛乳屋が止めてくれたらしい。

「お戻りになりましたら、ご連絡下さい。」 とメモがあった。

 

腐ってしまった食料品をゴミ置き場に出す。

あれから何日たったのか。

鏡を見ると、やつれた顔と、窪んだ目が映っていた。

 

「やだ…。ひどい顔。」

 

冷蔵庫にあった、ハムの固まりにむしゃぶりつく。

固くなったパンをレンジで焼き、口に押し込む。

 

かんかんかんかん。

 

誰かが階段を駆け登ってくる。

ドアを誰かが叩いている。

 

「あけなさい!ミサト!!ここを開けて!」

 

ドアを開けるのに随分時間がかかった。手が震えてうまくロックが外れない。

開いたとたんに、リツコが転がり込んできた。

 

「ミサト!!何してたのよ、あんたは!」

 

リツコはひどく怒って、真っ赤な顔をしていた。

 

「あれから学会に出かけて、さっきかえってきたらまだ加持の研究資金をだれも

取りにきてないって言うじゃない。電話をかけてもでないし、あわてちゃったわよ!!」

 

息を切らし、髪を振り乱して、リツコがそこにいた。

 

 

「リツコ…リツコ…、うわあああああああんん。」

 

リツコの顔を見たとたん、ミサトの中で何かがプツリと切れた。

リツコにしがみついたまま、ミサトは激しく泣き出した。

 

「ああああああああ…わあああああああ…。」

 

 

外は快晴であったが、ミサトはいつまでも泣き続けた。

リツコは、ゆっくりゆっくりと手を伸ばした。

そして、暫くためらって腕を出したり引っ込めたりした挙げ句、

ミサトの背中をそっと抱きしめた。

 

「馬鹿ね…。いったいどうしたの…。」

 

ミサトの涙が、ブラウスにあたたかく染み通って来た。

 

「馬鹿ね。ミサト…。」

 

言いながら自分も悲しくなって2,3回咳払いをし、

ミサトの、ぼさぼさになった長い髪をゆっくりとなで続けた。

 

 

 

「落ち着いた?ミサト。」

「う…うん。」

 

あれから、リツコは、どろどろになったミサトにシャワーを浴びさせ、

新しい服に着替えさせ、部屋を片づけ、食事を作って食べさせた。

 

「さて、じゃあ帰るかな。」

 

リツコが立ち上がった。ミサトはすがるような目でリツコを見上げる。

 

「リツコゥ……。」

「なーによ、その捨てられた子犬みたいな顔は。」

「おねがい。今日だけでいいから。ね?」

「愚痴は聞かないわよ。」

「いわないっ。」

「なーら、泊ってあげるわよ。あー、今日レポートまとめようと思ってたのにな。」

「恩に着ます。」

「ミサトの恩にきるはなあ…。」

 

ちろりとミサトを見る。

 

「あ、あのさ、コーヒー豆あるんだ。いいやつ。いれようかっ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。二人は布団を敷き、並んで寝た。

 

「明かり消すわよ、ミサト。」

「うん。」

 

ごそごそと、布団を被る。街路灯の明かりが部屋の中に入り込んでくる。

しばらくして、沈黙に耐え兼ねたようにミサトが後ろを向いたまま話し始める。

 

「あのさ、わたし、捨てられちゃったかも、なんだ。」

「ふーん。」

「もう、何日も帰ってこないんだ、あいつ。」

「ふーん。」

「ふいっと、出ていったきりなんだ。」

「そう。」

「10日くらいとか言ってたけど。もう何日経ったんだろう。」

「……。」

「わたし…。あいつが、このまま…。」

「ミサト。」

「ん?」

 

振り返ると、リツコが布団の襟を持ち上げていた。

 

「おいでよ。」

 

にっこりと笑うリツコの笑顔が優しかった。

枕を抱えたまま、ミサトはリツコの脇の下に転がり込んだ。

 

「リツコ。」

「なによ。」

「リツコって…。お母さんの匂いがするね。」

「なにいってんのよ。寝るわよ。」

「うん。」

 

 

 

 

ミサトはリツコの大きな胸に顔を擦り付ける様にして、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――第九話YOU MADE ME LOVE YOU 終

全国のこめどころファンの皆様、新作が届きました!
今回はリッちゃんがすごく暖かい感じを演出してくれています。本編では割とクールな感じだった
リッちゃんですが、本当はこんな面もあるんじゃないでしょうか。
ミサトとリッちゃんがどうして仲がいいのか、その辺も見てみたいところではあります。
加持×ミサトSSなのにリッちゃんのことしかコメントしてなくていいのか?私は(笑) 


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