加持と暮らしだしてから、半年が過ぎた。

 

 

 

朝、やけに早く目が醒める。

今までこんなに朝早くには起きられなかった様に思う。

しばらくふとんのなかでぐずぐずしていた。

加持の側から離れたくなかったからだ。昨日、新しい布団を買ってきた。

それまで、一枚の布団で一緒に寝ていたが、とうとう加持が

音を上げたのだった。

 

「暑くて眠れないよ。」

 

わたしは、どんなに暑い日でも加持の胸の脇にしがみつくと熟睡できるのに。

抵抗したがとうとう押し切られた。

 

「すまん、頼む。」

 

大袈裟に頭を下げて頼む加持を見て、わたしはつい笑い出してしまった。

加持は困ったような照れくさいような複雑な笑いでわたしを見た。

ずるいんだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第八話

空っぽのバケツほど大きな音を立てる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わずかな額かもしれなかったが、加持は布団を10回の分割払いで買った。

一ヶ月の収入に割り振らないと心もとないらしかった。

 

「どうして奨学金を受けないの?あなたの成績なら十分…。」

「飼い犬になる積もりはないんだ。」

 

わたしの言葉を遮るように加持は言った。

 

「自分独りの食い扶持くらいなんとでもなるし、できないはずもない。」

 

よく理解できない考え方だった。

今時、苦学生なんかはやらない。親か政府が負担してくれるなら払わせておけばいいとしか

思った事はなかった。親は好きで産んだのだし、政府が国民の面倒を見るのは当たり前だ。

誰の負担でもない。誰が払っているとも考えた事はない。
 
第一通っている大学自体が国立の大学だった。

国に奨学金をもらわなくても、すでに税金の投入を受けている大学に在籍しているではないか。

 

ナンセンス。とおもったが口にはしなかった。

 

 

 

加持の布団を見ると奴は熟睡しているようだった。

規則正しく布団がわずかに上下している。

わたしは、静かに起き上がるとそこにたたんでおいたショーツをはき、Tシャツを身につけた。

この格好も、大学生のユニフォームみたいな物だ。

狭い台所に立つ。わたしの作る朝食のレパートリーなどたかが知れている。

タマゴと砂糖とミルクを溶き、そこに昨日の残りに食パンを半分に切って、浸ける。

フライパンにバターを敷き、そこにパンを入れる。

 

派手な音が立ち上る。

 

それに鍋のふたを落としておいて、もう一つのフライパンでソーセージとほうれん草を

炒める。

 

 

いきなり乳房を掴まれた。

 

「あっ!」

 

思わず悲鳴を上げる。ぞりぞりと首筋に無精ひげが当たる。

思わず腰を引くと、お尻の割れ目に固いものが押し付けられる。

薄い布を通して押し当てられたものの熱さが伝わってくる。

 

「ん…。」

 

ゾクリとした感覚が、背筋を通り抜ける。

うしろから抱きかかえられたまま、首筋をのけぞらせてしまう私。

太い指が股間をまさぐり始めると自分でもあきれるくらいあっというまにとろりとした

粘液が分泌されてあそこに溢れかえる。

 

フレンチトーストが、焦げてしまう。と言おうとした唇が、舐め取られ、覆われる。

私はもうすっかり取り込まれた軟体動物のようになっている。

濡れた指を股間から離して、ガスの火を加持の手が消した。

 

カチリ。カチン。

 

ガスの火が消える音と一緒に私の正気も消えていったようだった。

 

 

 

加持と私は汗まみれの身体に一緒にシャワーを浴びていた。

ずぼらな加持が、暮らし始めた時、シャワーだけは出るように修理してくれたのだ。

他ならぬあの加持がしてくれた事だけに、私は感動を持って感謝していた。

 

「なんで、あんなところでいたずらすんのよ!」

「しょうがないじゃないか、目が醒めたら目の前にかわいい尻がぷりぷりと

食べてくれと言わんばかりに並んでいたんだから。男の義務という奴だ。」

「どこにそんな義務があるっての。」

「昔から決まってるんだ。」

 

人を食ったような調子にいささかの変動もなし。

 

加持と私は冷たくなったフレンチトーストと、ほうれん草とソーセージを食べた。

それでも結構おいしかったらしく、加持は全部食べ終わってから私の皿のソーセージまで

失敬して食べた。

 

おままごとのような食事だが、加持が文句を言った事はない。

それが私には嬉しかったし、また申し訳なくもあり、悲しくもあった。

 

この年になるまで、人の為に食事を作った事はなかった。

そういう日の事も考えた事はなかった。

腹が減った方が作ればいいのよ。そう思っていた。

でも人間はそうではなかったようだ。

人を好きになると、人はなにかを自分で食べさせたくなるのだ。そう思う。

 

私が、ごく普通の家庭に育っていれば、と思った事がある。

だが、このような混乱期にそれこそ普通の家などというものは、むしろ少数派だ。

私の希望は贅沢な願いなのかもしれない。

毎年の生産は世界的にも不安定で、一歩間違えれば大飢饉が襲い掛かってくる。

現に2年前の飢饉ではこの日本でさえ20万人以上の餓死者を出した。

新しい病原体や、新型のインフルエンザウイルスが毎年現れては人類生存の希望を

削り取っていくそんな時代。

 

平和な時代になったら。

何の心配もなく生きていける時代になったら。

私も、一生懸命ご飯を作る娘になるだろうか。

愛する家族の為に。

 

その日まで、この願望は封印して置こう。

 

 

加持の洗濯物を洗う。

私の洗濯物を洗う。

ひとつの洗濯機に入れて洗う。

それが気恥ずかしい。

 

 

新聞の勧誘がやってくる。牛乳やさんが来る。

加地さんのうちに嫁さんがきたと聞いてやってくるのだ。

むかしのコミュニティーが生きている町。

新しく起きた事は全て夕食の話題に上る町。

 

「なぜ牛乳なんか取り始めたんだ?」

 

加持が不思議そうに尋ね、私は赤くなる。

 

 

 

魚屋に行っても、八百屋に行っても、

 

「旦那さんに食わしてやりな!」

 

という声と一緒におまけがついてくる。

山芋をもらうと、周りの人がどっと笑う。

なぜ笑われたのかわからないが頭を掻きながら戴いてくる。

 

サンマやいわしは腸と一緒に焼くのだと教えられる。

大根おろしを付けるのだといわれる。

すじ肉や、テールや、内臓の食べ方を教えられる。

 

若い奥さんにはみんなが親切だ。

これが、人間の生活なんだな。

若者を受け入れ、育み、次世代を育て上げていくシステム。

この中にどっぷり浸り込んで、「幸せ」のなかで暮らす事が選択できたらどんなに良いだろう。

いや、わたしは今間違いなくその事を望んでいる。加持とふたりの家庭を。

 

 

 

 

 

アノヒトトフタリノカテイ

 

 

 

 

わたしはそんな家庭のかたちにあこがれている。

あの人は仕事をし、夕方には帰ってくる。

わたしは、家事をして一日を送る。

娘が産まれる。

子煩悩な加持は、むすめべったりになる。

目の中に入れても痛くないない娘。

毎日お風呂にはお父さんと一緒に入り、お父さんにご飯を食べさせてもらう。

お父さんと一緒のお布団じゃないと寝ない。

お父さんが絵本を読んでくれないと寝ない。

それを見守るお母さん。

お父さんを取られまいと、お母さんに対抗するわたし。

 

 

 

 

 

 

 

わたし。

 

 

 

 

 

 

お母さんも、わたし。

 

 

 

 

 

 

お母さんが、わたし。

 

 

 

 

 

 

 

わたしが、わたしが望んでいるのはわたしを加持が愛してくれる事。

家庭を作り、かわいい子供たちを…。

 

 

 

 

 

 

加持が愛しているのは、誰。

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしが待っているのは誰なの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、出かけてくるよ。葛城。」

「あ、ええ、いってらしゃい。」

 

加持のバイトがある日。夜遅く加持はでかけて行く。

家庭教師のバイトは決してやらない加持。

これも私が一緒に暮らし始めてから知った、加持のこだわり。

 

「おれは、家庭教師の柄じゃないだろう?」

「そうねえ、バイト先のお嬢さんに手を出さないとも限らないしねえ。」

 

苦笑しながら送り出す私。

期待された演技をこなす私。

 

 

出かけていく加持をこっそりつけた事がある。

加持は大きな国道の掘削工事をはじめた。

汗まみれになって、もくもくと溝を掘り進んでいる。

日本人はほとんどいない。

そんな中で、異国の労働者と笑いあいながら仕事をしている。

 

留学してもわからない外国の真の生活に触れる事ができる。と言っていたのはこの事か。

私は、物陰に3時間も立ったまま、彼が働く様を見詰めつづけていた。

 

加持の身体はこんな激しい労働でできた体。

一年や二年でできた体ではない。

こんな生活をしている内に外語学に興味を持ち、政治学にも興味を持ったと言っていたのは、

本当の事だったらしい。

頭で考えた事は身体でも実践できないと我慢できないと言っていた。

 

 

女も好き。酒も好き。

しょうのないプレイボーイだと思っていた。でも。

 

女たちと分かれたのは本当らしい。

酒もこの頃そんなには飲まない。

私と付き合って飲むか、コンパで大騒ぎするときだけだ。

 

彼は私に何一つ隠し事をしていない。

俺の全てを見せようと言ったのは、本当の事だった。

 

わたしは?

 

私は、自分が何を考えて加持と暮らしたかったのかさえわからなくなって来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

大学には二人とも真面目に出席していた。

 

リツコと加持の間にも奇妙な調和が生まれて来ていた。

遅れて待ち合わせの場所に行くと、加持とリツコが二人で話し込んでいる時がある。

やけに真剣な顔で話しているように見える。

 

私といる時とは違う顔?

 

そんな危惧を持つ事がある。

 

 

「あの加持くんてやつはさ。」

 

リツコがやけにマジにいうことがある。

 

「心底、あなたの事が好きみたいね。」

 

おたおたと答える私。

 

「そ、そう?」

 

リツコはこんな時私と目を合わせぬようにしゃべるくせがある。

 

「でも、そのことがあんたを幸せにするかどうか、わからない…。」

「え?」

「あいつの顔は、見ようとするものを必ず見ずにはいない顔よ…。」

「どういうこと。リツコ。」

「あいつの頭の中には、3人くらいのあいつが住んでいてせめぎあっている。

そして、なによりも、ミサト、あんたの望むあいつもいるのよ。」

「そ、う、なの?」

 

「良く似た人を、私、知っているもの。」

 

リツコは唇を噛んで、言った。

 

「でも… 手を放すのがあなたじゃない事を祈るわ。友達として。」

 

 

 

 

 

 

 

 

加持は毎日私を愛してくれる。

 

底無しの体力に翻弄されつづける私。

 

「はあっ、はあっ。もうだめ…。」

 

息を切らせながら、感じすぎる身体を呪いたくなったりいとおしく想ったりする。

無言のまま、私の股間に顔尾をうずめてくる加持。

 

「あっ…。」

 

自分の指を噛み締めながら、声を漏らさない様に耐える。

薄い壁の木賃アパートに越して来てからついた癖だ。

 

「だ、だめえ…、変になっちゃうよう…。あ、あ、あ。」

 

「変になってもいいよ…。葛城。」

 

「そ、んなっ、ああ…。」

 

どくん、どくんと、そこが脈を打つ感触がわかる。

頭と、加持が押さえつけている腰を支点にして、弓なりに身体が反っていく。

 

あ、あ、いっちゃうっ……

 

喉の奥から、わたしではない声が甲高く漏れてしまう。

激しい息遣いを堪える事ができない。

 

 

体勢を入れ替えた加持が、私の身体もうつ伏せに組み敷いてしまう。

 

「あっ、だめ!このかっこうはいや!」

 

私は、小さく抗議の声を上げる。

でも、もう一人の私が、腰を揺すりたててしまう。

 

加持の大きな手が、私の腰を掴む。期待に震える下腹部を意識しながら、

 

「い、いやあっ。」

 

嘘の私が、最後の抗いをかたちだけ発する。

 

 

熱しきったものが、私の中を貫いてとおっていく。

私は串刺しにされたような被虐感に打ち震える。

女の私がけだもののような、泣き声を上げている。

 

「はっ、あああああああああうううううううっ。」

 

頭を思い切りのけぞらせながら、汗の飛沫を撒き散らしながら、

私は加持のものを、それと意識しながら、思い切り咥え込み、絞り上げている。

ぬるぬるとした感触の加持の男性器が、私の子宮を、思うさま激しく突き上げる。

 

「っはあっ、はあっ、はあっ、はあっ、」

 

頭と顎をがくがくと揺らしながら、思い切りきりのけぞり、

腰を加持の性器に押し付ける。

こすり付ける。ねじり込む。愛液が溢れ、滴る。

 

恥ずかしいと想いながら、それを止める事ができないでいる私。

泣きながら、よだれを垂らしながら、焦点の定まらない目をした私。

 

 

狂っていく…

ワタシハクルッテイク…

 

加持が欲しい

カジガホシイヨウ

 

もっと欲しい

モットモットモットモットモット

 

 

 

 

 

加持くうん、

わたし、あなたを愛しているんだよね

わたし、あなただけをあいしているんだよね

わたし、あなたのことしかあいしていないよね

 

 

 

 

 

 

ワタシ、アナタノコトヲ、ミテイルンダヨネ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛してるって言ってよ。

わたしを一生手放さないって言ってよ!

わたしをこのままあなたのお嫁さんにしてちょうだいよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシハ、イッタイ、ダレヲ、サガシタ、カッタノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第八話 空っぽのバケツほど大きな音を立てる。 終


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