夏の日の思い出
第5話 力丸の意地
立っちゃ駄目。
咄嗟に僕はそんな言葉を心の中で叫んでいた。
それは決して、もうこれ以上痛い思いをしたくないとか、勝負に勝ってやりたいとか、
そんなことじゃ絶対ない。
だって、さすがの力丸だって、あんなに力一杯何度も殴ったら、本当にどうにかなっ
ちゃうよ・・・・・・。
鼻血で白と紺の縦じまトランクスが真っ赤に染まっている。
こんなにたくさんの血を見たの初めてだよ・・・・・。
手当てしなきゃ駄目だよ・・・・・。
ごめん、ごめんよ力丸・・・・・・・。
だけど、そんな僕の願いも空しく、意地でも立ち上がろうとする力丸。
そりゃそうだよね、いつも自慢していたからな・・・『俺は喧嘩に一度も負けたこと
がない』ってさ。
よし!
こうなったら、精一杯虚勢を張ってやる!
今、少なくとも力丸は僕のことを強敵に感じてるはずだもん、ここで『もう勝ち目が
完全にない』ってとこまで思い込まさないと・・・・・。
「まだ・・・・やれるんでしょ?」
僕はファイティングポーズを崩さないまま
「さぁ立て!それとも泣いて降参する!?」
と挑発してみせた。
うわっ、何だかホントに僕、力丸より強いみたいじゃん・・・・・。
でも、真っ黒くて大きなグローブを両手にはめたときから、僕の中で何かが変わって
きていることにも気がついていた。
そう、僕は今、確かにボクサーなんだ。
テレビで眩しいライトや歓声に包まれてる、ああいう人たちと同じ・・・・・。
でも、息がもう続かないよ、こんなキツい運動なんか生まれてこのかた、したこと
ないもん・・・・・。
力丸がダウンしている間、一生懸命深呼吸でできるだけ酸素を吸い込みながら、
どうにかこうにか苦しさをごまかす。
それに、腕だって、さっきからガードし続けてホントに痛いんだ。
いくら『手負い』だからって言っても、やっぱり相手にしているのは力丸なんだ。
もし力丸がいつもの体調のままだったら僕は・・・・・・。
・・・・・・考えるのも恐いよ。
力丸は、リングをはい出してランドセルをひっくり返すと、自分でティッシュを
鼻に詰め込んだ。
あのティッシュ、この前僕があげた奴じゃん・・・・・・・。
しばらくして、やっと鼻血が止まったのを確認すると、力丸はよろよろと
立ち上がろうとした。
どうしてだよ、どうしてそうまでして闘おうとするの?
勝ち目なんか全然ないのに・・・・・・・。
「まだやるんだ・・・・・・・」
力丸の目には、出血してなお闘志が燃え上がっているのが分かった。
本気だ、力丸。
なのに僕、こんな卑怯なことしちゃって・・・・。
恥ずかしいよ・・・・・・。
よし、もう一切遠慮なんかするもんか、全力でぶつかってやる!!
「うおおおおおおおっ!!!」
吼えたかと思うと、ゆっくりと、しかしのっしのっしと体を揺らしながら
こっちに立ち向かってくる力丸。
ガシッ、と体と体が、まるでラグビーのようにぶつかりあう。
体重差でこっちがはねとばされそうだけど、それを左足で踏み止まって、
必死にそれを受け止める。
「くぁぁぁっ・・・・はあああっ!!!」
しがみつくようにクリンチされるから、力丸の日焼けしたムッチリした肌が、
僕の体に吸い付いてて、顎の下に、汗でツンツン立った真っ黒い髪の毛が放射状に
伸びた力丸の頭が揺れる。
太ももにグニャッとした感触が何度もぶつかってくる。
「はあっ・・・・ああっ・・・・・」
「こいつっ・・・・・こいつううううっ!!!」
もう、まともにパンチなんか打てる体力が残ってないみたいだ。
それでも必死に鼻息荒く脇腹をぺちぺちと連打し、こっちを見上げる。
にしても、まだ同じ小学生だっていうのにこの筋肉の弾力とか、どうしてこんなに・・・。
脂肪がついているから、ぷにぷにしていて体型こそ丸っこいけど、全然体格違うんだ
・・・・・・・。
しつこくクリンチを続ける力丸としばらく揉み合いになってから、僕はやっとのことで
払い除けるとステップを踏みながら、時折力丸をジャブで牽制していく。
こんなになってもまだ振り払えないなんて、やっぱり力丸とはパワーが違い過ぎるよ・・・。
3ラウンドになっても相変わらず防戦、というよりも、もうひたすらサンドバッグに
徹することを強いられる力丸。
もう、闘っているという感覚じゃないよ・・・・。
胸に2発、ワンツー!
咳き込むように頬が膨らんだところでみぞおちにマシンガンジャブ!!
僕の拳が力丸のプロレスラーのような体を青あざだらけにしていく。
その様子が、何だかたまらなくぞくぞくしてきた。
これが闘争本能なのか?
だんだん、僕が僕でなくなっていくみたいだよ・・・・・。
僕の心の中が、黒く、黒く・・・・・・・・・・・・。
「ぐっ・・・・・はぁぁああ」
ガードが空いたところを横っ面に数発。
「うあっ!?」
その隙をついた僕の力一杯の右フックをこめかみに喰らい、
「今だ!!」
バランスを崩したところで顎にガツンと深いアッパーカット。
のけぞるように力丸は背中から地面に倒れ、大の字になったまま、呼吸のたび力丸の
胸が何度も大きく上下していた。
「!!」
僕は一瞬、目の前の出来事が現実だと信じたくなかった。
力丸、まだそれでも立とうとしてる・・・・・・。
もはやこの時点で完全に勝負はついているのに、目はまだ反抗的な意志を見せてるん
だ・・・。
勝負って、そこまで大切なものなの!?
もう十分結果は出たじゃないか・・・・・・。
立たなければ、と思い膝を押さえるも、またしても力が抜け、ベタッと
地面に転がる。
「何だよ、反抗するんならもっと殴ってやろうか?こちとら、まだたっぷり
スタミナはあるんでね!!」
スパンスパン、と僕はグローブを叩き合わせる。
ジワリ、とトランクスの股間の部分が濡れはじめ、力丸はじりじりと羞恥心で心臓が
焦げる
苦痛にのたうち回る。
「力丸、もう立てないでしょ?僕の勝ちだよね?」
それがひどく、力丸の癪に触ったようで、目から大粒の涙がこぼれ、それから小さな、
聞き取れないぐらいの声で
「畜生・・・・・」
とだけ言ったっきり、がくっとうなだれた。
やっと終わった、と僕は感じた。
「試合終了!!僕の勝ちだ!!!」
その瞬間、こっちもがくっ、とその場にへたりこんだ。
体中の力がすうっ、と抜けていく感じだ。
「ショックだ・・・・・」
帰り道、やっと歩けるようになって、背中を丸めてとぼとぼ帰る途中、力丸が
ぼそっと呟いた。
「えっ?」
「くそっ・・・俺はこんなひょろひょろの野郎にのされたっていうのか・・・・」
「ひょろひょろって・・・」
力丸の、そうでなくても丸い顔が、倍ぐらいに腫れ上がって、特に右のまぶたなんか
紫色になっちゃってて、いかにも『ボクシングの試合後』といった感じだ。
僕だって、嫌っていう程殴られたけど、もう力丸ったら、足腰がグラグラしながら、
やっとのことで動いているって感じだった。
でも、さっきの感覚って何だろう。
ボクシングの中継なんてそんなに意識もして見たことないし、そんなに憧れていたわ
けでも
なければ、殴り合いの喧嘩なんか一度もしたことなかったっていうのに、グローブを
握りしめて、力丸を追い詰めるうちに、何だかもう一人の僕になっちゃったみたいで・・・。
「おい、純!」
呼ばれてビクッ、としていたら、力丸はにっと笑って
「お前、メチャクチャ強いじゃん、俺びっくりしちゃったぜ!」
「えっ・・・・・・」
「だってな、俺、正直なところ、今日の試合、1分ももたないと思ってたんだよな」
あの力丸がこんなに素直に負けを認めるなんて・・・・。
「それがどうだよ、俺ときたら、ダウンして鼻血の手当てやってる最中、ちょっと
ほっとしちまってさ・・・・・しばらくお前のパンチ浴びなくて済むなって・・・・」
力丸はかなり自嘲気味にそう言うと、
「ホント、完敗だぜ・・・・・」
力丸の家についたのは、もうすっかり夕日も沈む頃。
「ちょっと!どうしたんよその怪我!」
診療所から帰ったばかりの力丸のお母さんが、思いきり大声で叫んだ。
「・・・・・・・ちょっと男同士の勝負してただけだよ」
「えっ・・・・」
それから、隣にいた僕の顔の怪我を見てから、
「もしかして、それ、純君がやったん!?」
とびっくりしたように言って、それから
「ご・・・・・ごめんなさいっ・・・」
慌てて謝ると、
「こらぁ!力丸、また純君いじめようとしたんぢゃろう!?・・・・・・
にしても、アンタにはいい薬ぢゃわ!」
と力丸の頭を丸めた新聞紙で叩く。
「いってぇ!!やられたのはオレの方だぜ!」
「何言ってんの、今まで散々弱い者いじめしてきたから、純君にやられたん
ぢゃろ?にしても、うちのチビをココまでやっつけちゃうなんてねぇ・・・
純君、空手とかボクシングでもやってたん?」
「い・・・・・いえ・・・・・」
冗談じゃない、僕は生まれてこのかた、本格的にスポーツなんかしたことないよ。
「とにかく!!このまんまじゃおえんわ。診療所に二人とも来られぇ!!」
そう言われて、また僕は西野診療所に連れていかれた。
「二人とも、そんなに怪我は見た程ひどくはないけど、こんなこともうやっちゃ
おえんよ。あたしら医者っていうのは、ちょっとでも不審なことがあったらすぐ
警察に連絡する義務があるんじゃから!」
警察、と聞いて、僕らはみるみる恐くなってしまった。
「どんな理由があるにしろ、子供がこんな怪我したら、話を聞かんわけにはいかんわ」
それからしばらく、力丸のお母さんは僕らの話を黙って聞いてくれてから、
「アンタらエエ加減にしとかれぇ。ホント、男の子言うのはいつの時代になっても・・・」
「すいません・・・・・」
はっと気付くと、もう時計は8時に近くなっていて、
「やべっ!!」
と時計を前に慌てていると、
「大丈夫よ。純君の家にはあたしの方から電話しといたけぇ、心配せんでいいから。
今日はうちに泊まっていかれぇ」
とにっこり笑った。
「えっ・・・・・でも・・・・・・・・」
「エエがぁ、どうせ近所なんじゃし、遠慮はいらんから、な?」
力丸のお母さんは、ぎゅっと僕を抱き締めてくれた。
消毒用のクレゾールの匂いの染み付いた白衣越しに、とっても優しくて柔らかい
感触が僕を暖かく包んでくれた。
「さ、帰るよ!」
そう言うと、また軽4で力丸んちに戻って、口の中を切ったからということで、
味付けの薄い食事とビタミンBやパントテン酸なんかのタブレットを用意して
貰っていたら、
「こんばんわ!夜分失礼いたします、矢島です!」
と玄関からお母さんの声。
「・・・・・・・お母さん・・・・・」
血相変えて迎えにきたお母さんは僕の様子を見るなり、
「きゃああああっ!!!!!どうしちゃったの、純!!力丸君にやられたの!?
そうなのね!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ・・・・・」
僕が説明しようとするのも聞かずに
「・・・・いいからもう帰りましょう!あなたはこんなところにいちゃ駄目なの。
ねぇ?いいから早くこっちいらっしゃい!」
と、僕の手を力一杯引っ張るので、
「もう、お母さんいい加減にしてよっ!!」
思わず大声で叫んでしまった。
「・・・・・・・純・・・」
「お母さん、いつもそうじゃないかっ!東京にいた時から、ちょっと友達と何か
あったら、いつもいつも・・・・・」
涙が一気にだーっと押し寄せてくる。
「純・・・・・・」
「帰ってよ!もう帰ってったら!!」
柄にもなく、 感情的になってしまった。
自分でも驚いてしまったが、お母さんはそれ以上だった。
「僕はこっちじゃ友達沢山作りたいんだよ!お母さんのせいで作れなかった
分、こっちじゃ、一杯一杯作ってやるんだ!!」
そういうと、足下のランドセルをぶつけて、くるっと後ろを振り向いて、力丸の
部屋に駆け込んだ。
「純っ!!」
「矢島さん、今日のところは・・・・・」
力丸のお母さんの声。
「うちにはうちの育て方があるんですっ!純!出て来なさい!どうしちゃったの、も
う!いい?あなたはお母さんの言う通りやってればいいの、間違いないのよ!!」
いい加減聞き飽きたよその台詞。
お母さんの言う通りやってて、今までろくなことになってきたためしがなかったじゃ
んか。もういいよ。ひとしきり喚いて、もう完全に僕がそれに応じないと分かると、
お母さんはキイキイわめきながら帰って行った。
「帰った・・・・・・みたいだぞ?」
上から力丸の声がした。
「ほんとにお前んち、大変だよな」
夕食を食べながら、力丸が哀れむように話し掛けてきた。
「・・・・・まあね。11年間ああなんだ」
「げっ、たまんねぇよ、それ!!」
力丸が顔をしかめると、
「おばさんも、ちょっと純君のお母さんにはどうかと思うわ。こういう言い方をしちゃ
何だけど、今まで純君、自分では何も決めたことないんじゃないの?」
「え・・・・まぁ・・・・・・」
実際そうなんだよな。
うちのお母さんのせいで、前の学校じゃ僕・・・・・。
ううん、ちょっとこういう話はしたくないから、このへんで勘弁してよ。
食卓には力丸の両親とおじいちゃん。
結構大家族なんだよな。
「ただいま〜!!おっ、今日は力丸の友達が来てんのか?」
「おかえりなさい、鉄丸!」
えっ、と振り返ると、
「紹介するよ、兄貴。K高のボクシング部なんだ!」
でかっ!!
でかいよ、どう見ても175cmは超えてるじゃん、それに熊みたいに筋肉がついていて、
力丸が脂肪全部落としたらこんなことになるんだろうなって感じだ。
しかし、顔がそっくりなところが妙に笑えた。
「オイ、どうしたんだよ力丸、その顔!?」
「へへへっ、実はさぁ、オレ、今日コイツと決闘したんだけど、完全KO負けしちゃっ
てさぁ・・・」
あっけらかんとお兄さんにそういうと、
「えっ・・・・・お前、コイツに!?」
と、本気で驚かれた。
「ああ、純ってさ、メチャ強いんだぜ!」
そう聞くと、お兄さんはしゃがんで、座っている僕の目線にあわせると
「すっげぇじゃねぇかお前!!な、何かやってたのか!?」
「あ、いえ・・・・・・」
「なぁ、お前、絶対ウチ来いよ、ウチのボクシング部は全国レベルなんだぞ!?」
「あ、はぁ・・・・・ま、前向きに善処します・・・・」
まるで国会答弁のような受け答えをしてしまう僕。
っていうか、K高校って、市内でも相当喧嘩で有名な男子校だろ?
悪のデパートとか、塀のない少年院とかって呼ばれてるあそこだなんて・・・。
あそこだけは行くなっていうのはこっちきてすぐに聞いちゃったよ。
「どうせお前、力丸の友達なんだったら県立高校なんか絶対無理なんだろ?」
・・・・・・勝手に決めないでくれます、お兄さん・・・・・・。
「兄貴、コイツ、すっげぇ秀才なんだぜ!中学だって、附属受験するかもしんないん
だぜ!」
「附属だぁ?やめとけやめとけ、東山まで通うの大変だぞ?」
ていうかK高はもっと遠いでしょ・・・・・・。
とにかく、論理がむちゃくちゃなのは、力丸だけじゃないようだ。
「おおそうだ、そうすりゃええが、純君!」
どうやらお父さんもここの卒業生らしい。
○○は遺伝する、という、『人として思ってはいけないフレーズ』がすっと
頭に浮かんでしまった。
「こりゃ楽しみになってきたなぁ・・・・!!純・・・・だっけ?」
「は、はい・・・・」
「お前だったらさ、このまま順調に成長したら、ライト級で全国狙えるで!
よし、暇さえあったらうちこいよ、ちょっとなら面倒見てやっから!」
お兄さん、メチャクチャ嬉しそう・・・・・・。
「うっしゃ〜、じゃあ、風呂行こうぜ、風呂〜!!」
力丸は食べた食器もそのままに、僕の手をひく。
「うわわわわっ!!」
力丸んちのお風呂って大きいなぁ・・・・・。
天井も高いし、やっぱりお医者さんの家なんだなぁ。
というか、本当にどうして力丸のお母さんはこんな家にお嫁に来たんだろう・・・・。
ついそんな余計なことまで考えてしまうが、とにかく、体中が伸ばせるこのお風呂は
本当に気持ちが良くて、一人で・・・・・・。
「おーい、純、あったまってるかぁ!?」
!!!!!!
いきなりそこに乱入してきたのは力丸だった!!!
慌てて両手で大事なところを押さえるも、力丸はそれを見て
「何照れてんだよう、男同士でおかしいぞそんなの!」
と豪快に笑うと、そのまま湯舟に飛び込んだ。
「わわわわっ!!!」
「へへへ〜、何隠してんだ、純〜?」
やっと力丸が、いつもの元気さを取り戻したようだった、が、それはそれとして
ちょっとやめろよ〜!!!
「この前の水泳の時は、オレよく見えなかったもんな〜!だってお前、慌てて
隠すんだもんな!」
普通隠すっての!
「いいじゃんよ〜、比べっこしようぜ!コレならオレ、絶対お前に負けないからなっ!」
「やめろって!!」
「はっは〜ん、自信ないんだろお前!!」
バシャバシャ浴槽の中で暴れていたら、
「アッハハハハ、お前ら、随分楽しそうだなっ」
とお兄さんの声。
「あああっ、すいませんお兄さん、力丸の奴がさっきか・・・・・」
「違うんだよ兄貴っ、純の奴・・・・・・・」
その次の瞬間、僕らは一瞬硬直して、無言で俯きおとなしく肩まで湯舟に浸かった。
力丸もいずれあんなになっちゃうのかな・・・・・・。
お兄さんは不可解そうに首をかしげてから、
「まあいいや」
とシャカシャカ頭をお徳用のでっかいポンプ式のトニックシャンプーで洗い始めた。
「くぁ〜っ、気持ちい〜!!」
ハッカの匂いがこっちにまで漂ってくる。
それにしても、日焼けした背中はもう本当に筋肉が隆々としていて、まだ高1
だっていうのに、鍛え抜かれているって印象を受けた。
「ぷあっ!!最高っ!!」
それから、ガシガシタオルで石鹸の泡を作ると、体中泡だらけにして、さっきまでの
男臭い匂いを洗い流した。
「じゃ、誰か次洗えよ」
「力丸洗えよ〜、クリンチの時、頭臭かったぞ〜!!」
「お前先に行けって!」
「力丸、お前もう5年生なんだからいい加減、シャンプー苦手なのどうにかしろよな!」
そういうと、お兄さんはザバッ、と力丸の両脇を抱えて、力丸を湯舟から引き上げる
と、そのままシャワーを頭にかけて、それから抵抗されないうちに素早くさっきのシャ
ンプーを手に取って、勢い良く力丸の髪に泡立てた。
もうまるでアフロヘアのように、ムクムクと泡が大きくなるが、それをまた洗い流し
て、「ホイ、後で体は自分で洗うんだぞ?」
力丸はプールの後みたいにブルブルと頭を振って水滴をまき散らすと
「ひっでぇ、無理矢理洗うことないじゃんか!」
「うるさい。お前、本当に犬みたいだよな〜・・・・・・・」
お兄さんはそう苦笑してから、僕の体も洗ってくれた。
「純、お前ってちっちゃいな〜、しっかりメシ食わないと駄目だぞぉ?」
「あ、はぁ・・・・・・」
こんな優しいお兄さんっていたらいいなぁ・・・・・。
ボクサーですっごく強くて、背も高くて、こんなに優しいなんて・・・・・。
「それからさぁ、髪の毛ももうちょっと切れよ、男らしくねー!!」
あ〜、トニックシャンプー気持ちいい・・・・・。
「湯、かけるぞ、目ぇつぶってろ?」
ザバッ、と湯をかけられてから、今度は体。
「こんな細い腕でアイツ倒したのか?すげぇなぁ・・・・・」
「あ、ども・・・・・・・ってドコ洗ってるんですか、ちょっと!!」
「なっはははははっ!!冗談ぢゃっ!!」
そんなこんなでお風呂上がり。
ドタドタと体を拭くのもそこそこに冷蔵庫を開ける力丸兄弟。
迷わず烏龍茶の冷やしたボトルを取り出すと、ジョッキにトクトク注いで
「うい、これは純の分!!」
「あ、ありがとうございます・・・・・・・」
しかし、それからあんなことになろうとは、この時は予想もしなかった・・・・。
(6話に続く)
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