花のグローブ 少年チャーリーのボクシング青春記     

その二 初体験     

   みなさんこんにちは 小杉茶利(15歳)です。 チャーリーって呼

んでね。 次の日土曜日のことから お話を続けます。

前日の試合、都高校選手権モスキート級で、僕は15歳の初陣をノッ

クアウトで飾ってみんなに祝福された。 それで次の日、土曜日の午

後、2度目の試合でモスキート級準々決勝に進むことになった。 軽

量級は人数が少ないので、すぐに上位にあがっちゃうんだ。 きのう

の晩、家に帰ると、パパもママもニコニコして待っていて、『お帰りチ

ャーリー、よくやったね、おめでとう』だって。 あれおかしいな、

なんで僕が勝ったこと知ってるの? こっそり見に来てたんだな、

いやだなあ。 ママは、本当に僕の試合見たいの? 息子が殴られて

血だらけになったところなんか、見たい筈ないじゃん。 夕食はビフ

テキに野菜サラダ、食べたかったんだ。 それにこれが可笑しい。 

別に豚カツが一皿、そんなに食べられないよ、それに減量調整中だし

変な取り合せだなあ。 テキ(敵)にカツ(勝つ)だって、あほらし

い。 ママは花柳界出身、だからエンギをかつぐんだ。 明日の朝は

目玉焼きだって、受験戦争みたいだ。 そういえば、今朝も目玉焼き

いつもは卵1個なのに2個、ダルマの目なんだな。 ママはすごく綺

麗だ、僕は毎日見ているからそれほどには思わないけれど、友達はみ

んないう、『おい小杉、お前のお母さん美人だなあ』べつに得意にも

ならないけど、僕がかわいい少年になったのは(あはは、また自慢し

ちゃった)ママからの遺伝なんだろう。 だって、パパは風采は立派

だけれど、美男子じゃないもんね。 それで、第2戦はどうだったか

って? やらなかったんだ。 目玉焼きのオマジナイは役にたたなか

ったらしい。  コーチが棄権しろって。 僕はやりたいって言った

んだけれど、『ばか、お前殺されたいのか、ノックアウト死なんて今

時流行らんぞ』前日の激闘でのダメージから回復していないし、顔の

傷もなおってない。 無念の不戦敗で15歳の僕の夏は終わった。

だんだん口惜しくなってきて、さらにトレーニングに精を出そうとR

大に出かけたんだ. 道場に入ると、大人の汗の匂いがむっと鼻につ

く。中学時代通っていたボクシングジムの雰囲気を思い出した。大勢

の人が練習している。大学生以外にも社会人もいるようだ。R大の卒

業生なのだろう。僕のような高校生もちらほら、R大は付属高校があ

るから、そこのボクシング部員かもしれない。 Mさんが僕を見つけ

て、『やあ 小杉君よく来たね 早速始めようか』練習着に着替え、

シューズを履き、バンテージも巻いて 『お願いします』 柔軟体操

とストレッチングをみっちりやられ、次はMさんとミット打ち。 な

かなか厳しい。 ワンツーの基本がなってないと、何遍も打ちこまさ

れた。ちょっと油断すると、たちまちミットがガツンとコメカミに飛

んでくる。僕はもう汗びっしょり、ウエアーの背中にも汗が滲み出し

てきた。 大粒の汗が足元にしたたる。 僕は体質で鼻血を出しやす

いが、汗もかきやすいんだ。 美少年の僕が(冗談だよ)死力を尽く

して戦って、血と汗が飛び散るところ、 そうして、力尽きてキャン

バスの血だまりの中へ倒れこむ凄まじい光景見たくない? 見たいで

しょ。 ねえおじさんたち。 その筈なんだ。

 続いてスパーリング、Mさんとやるのかと思ったら、そうではなく

て、現役の大学生の人だった。 まだ1年生だそうだが、高校選手権

で県1位だったそうだ。 スパーリングはきつかった。 すごいパン

チ力で、ヘッドギアーをしていても、1発でグラッと効いてくる。 

でも鼻血は出ない。 パンチが正確なんだ。 僕ら高校生だとパンチ

をめちゃめちゃに飛ばすので、すぐに鼻にあたってしまう。 ここだ

とパンチが確実に急所に命中する。 へたばった。 強打だけではな

く、1ラウンド3分、高校では2分だけど。 3分は実に長いんだ。

 2時間たっぷりの練習メニュー。 すみっこでヘタバッていると、

『今日はここまでだ、ご苦労さん、 シャワー浴びてこいよ』 シャ

ワールームは立派だった。 タイル張りで温水も出る。 こうして3

回ほど通った。 練習の内容は濃かったし、僕も随分進歩したと思う。

 だけど、R大通いはそう長くは続かなかった。 推薦でR大に進学す

る気はなかったし、 お坊ちゃん高校生の僕には、大学体育会の独特

の雰囲気にはついて行けそうもなかったんだ。

 夏休みになった。F高校では、休暇中は、部活は縮小される。勉強

中心の態勢となる。練習場も閉めてしまうから、僕たちは自主練習を

するほかはない。 縄跳び、ジョギング、腕立て伏せ、シャドーボク

シングなど、家の庭で十分できる。 勉強は、あまりしなかったなあ。

きまった勉強は本当に好きじゃないんだ。

 夏休みも終わり、次の試合が近づいてきた。今度は国体都予選。ち

ょうどこのころ、少年の僕の身体は、微妙に、また徐々に変化しはじ

めた。 もうじき、僕も16歳になる。 まず第一に、ペニスが前より

大きく、形も変わってきている。 かわいいロケットみたいだったあ

れが、いつのまにか、大きくたくましく、先っぽも太く、さらに、皮

も剥けて筒みたいになってきた。下の毛もさらに増え、濃くなってい

る。 ああ大人になるんだ。 嬉しいような、悲しいような。それか

ら、僕の身体の匂いも変わってきたみたい。今まではなにも言わなか

った妹がことあるごとに、『お兄ちゃん 臭―い』『うるさい!』

 とにかく悪い妹なんだ。以前はいっしょにお風呂に入ってた。そ

のうちに、僕の下の毛が生え始めると、妹はそれをママに言いつける。

 『ママー大変だよ, 知ってる? お兄ちゃんのオチンチン毛が生

えてるよ、あたし見たもん』僕は赤面し、 それ以来、兄妹いっし

ょの入浴はなくなった。 妹の名前は小杉詩理、つまりシーリーな

のさ。 いい名前だろ。しかし、これは失敗だったらしい。小学生

の妹が学校から泣きながら帰って来て、『ママー、みんな酷いんだ

よ、あたしのことをお尻だとかおケツだとかいうの、どうしてえ』

 ママは困惑し、妹を侮辱された兄の僕は激怒して、 悪童どもを

殴りにでかけた。しかし、あいつらより、もっと悪くもっと強い兄

貴分が出てきて、僕は返り討ちにあった。口惜しがった僕は、ママ

にねだってボクシングを始めたんだ。

 ペニスが成長すると、精液の分泌が激しくなる。例の夢精は、去

年経験した。 びっくりしたなあ。それからは、かなりしばしば、

寝ている時でなくても、ボクシング試合で壮絶な殴り合いになって

るのをテレビで見たときとか、僕もすでに経験したような、少年の

エキサイト場面とか、それから、これが一番多いのだけれど、綺麗

な女の人のヌード写真を見たときなんか、これは学校に誰かが持っ

てきて、それをまわし読みするんだ。

 自然にペニスが大きく、硬くなって、液体が飛び出してしまう。

はじめは、恥ずかしいことで、僕が異常なんだと思っていたけれど、

本当は健康な少年ならば、当たり前のことなんだってさ。 いよいよ

僕は大人へのなりかかりにさしかかったんだ。 でも、パパやママへ

は隠していた. だけど、パパもママもとうに気がついていたらしい。

やはり親だものね。 9月も中旬になった。僕の大人への道はいよい

よ進み、腋毛も生えてきたらしい。 腋の下に手をやると、今までは

ツルツルしていた肌が、いつのまにか、ザラザラしてきて、チョロチ

ョロと發毛が始まっている。 始まると早いもので、たちまちのうち

にモサモサ黒々となってきちゃった。 腕をあげると、脇の黒さがわ

かるようになる。夏はじめの高校選手権で僕が討ち取った彼みたいに、

腋毛が丸見えになるんだ。 つまり、僕は大人になったんだ。

 試合の当日になった。秋晴れの一日、場所は都体育館。大きな会場

だ。屋内だから、Dコロシアムと違って、雨が降っても大丈夫だ。い

つもはバスケの会場になるところに、中央にリングが張ってある。別

室もあって、そこでウオームアップも十分にできる。 

 今日も家を早めに出た。いつもの通り、朝食に目玉焼きを食べて、

オマジナイはバッチリ。観衆も多いみたい。今日は僕は赤コーナー、

控え室には他校の選手も大勢いる。みんなそれぞれのユニフォームに

着替えている。僕みたいに色白でほっそりした子、ガッチリと鍛え抜

かれ、筋肉隆々とした奴、皆が僕より強そうに見える。僕は体重が少

し増えていた。 47.6キロ、モスキートでは重い方だ。

 僕の順番は4人目、ドキドキしながら待たなきゃならない. また、

トイレに行きたくなった。いよいよ試合開始だ、会場から、ホイッス

ル、ゴング、そうして観衆の声援が聞こえてくる。 緊張と不安が高

まってくる。 僕の前の選手が帰ってきた。 ノックアウト負けした

らしい。 抱えられて、千鳥足で僕の前を通る。泣いている。僕もあ

あなったらどうしよう。 グローブを着け、マウスピースを咥えて

立ちあがった。

『小杉、さあ行け!』『ハイ!』廊下へ出て、会場に向かう。もう

逃げられない。 急に火事になって、試合中止になるといいなと、

ふと思った。でも、そんなことあるわけがない。 クラスメートの

声援を受けながらリングに上がった。今日の相手は、C商業高校の3

年の選手、強豪だ。 はじめから圧倒されそうだ。

でも、やるぞ! 相手より僕の方が背が高く、リーチもありそう。

だけど、肩幅や胸の厚み、それに腕の太さ、僕よりずっとある。強

打者かもしれない。 レフェリーに呼ばれてリング中央で向き合う。相手の汗の匂い、そ

れにグッと来る気迫、押しつぶされそうだ。かなり薄髭のある相手

だ。 今日は僕も顔を剃っていない。口のまわりには大分色濃くな

った産毛がもやもやと。 剃刀を使うと皮膚が弱くなる。だから、

伸ばしっぱなしにするのが普通なんだ。各コーナーに分かれ睨み合

う。ゴングとともに飛び出す。グローブを構えながら左回りに相手

の隙をうかがう。パッ・・・凄いストレートが飛んできた。 辛う

じて避けるところへ次のストレートの追い打ち。 一発くらった。

 クラッとする。 やはり強打者だ。 息をつくまもなく、今度は

フックの連打、僕の頭が左右に揺れる。

 僕の必死の反撃、懐に飛びこんで右のフック一発、これは決まっ

た。 続いてもう一撃、しかし、これはかわされた。 次の瞬間、

相手の低めのパンチが僕のボデーをえぐる。うふっ・・・膝がガク

ッとなり、前のめりにそこへ容赦なく突き上げてくるアッパー、逃

げられない。 足がもつれた。

 『きいてるぞ!』『フィニッシュ!』その時ゴング、助かった。

 よろめき、足を引きずりながらコーナーへ。

 セコンドの懸命の手当てで、僕は少し回復する。

 第2ラウンド、流れるようなフットワークであいつが襲ってくる。

 僕はロープを背負って必死のジャブ攻撃。 しかし、最後が来た。

真正面からのストレートパンチ、あいつのグローブが視野一杯に迫

り、チンに炸裂し、僕はたまらず膝から崩れ四つん這いになった。

ダウン。 カウント8でどうにか立ちあがり、よろめきながらファ

イティングポーズをとる。マウスピースを食いしばり凄い形相だっ

たらしい。そこへまた敵が迫る。とどめの強打を放とうとした瞬間、

丸められたタオルがコーナーから投げ込まれた。ギブアップ、僕は

そのまま腰を落とし、キャンバスにへたりこんだ。 口からは血の

混じったよだれが流れ、目はトロンとして、そのまま横倒しに。実

質ノックアウトだ。 意識が薄れた。気がつくと僕はセコンドにか

かえられ、赤コーナーへ。 相手選手も付いてきている。椅子に座

らされ、頭から水をかけられる。相手はグローブで軽く僕の肩をた

たき、ニッと笑った。途中棄権のテクニカルノックアウト、惨敗だ。

口惜しい。だけど、キャリアの違い、体力の差。到底かなわない。

 抱きかかえられながら控え室に戻る僕。アイスノンで額を冷やし、

首筋と肩のマッサージ、そのまま横になる僕。『小杉、よく頑張っ

た』『うううう・・・』僕はうめくだけ。 相手のあの子がやって

来て『やあどうも 君、大丈夫?』『ああどうも』僕にはそれだけ

しか言えない。 あいつ、いい奴なんだ。

 ところで、おじさんたち、ノックアウトされた時の気分ってどんな

だかわかる? 普通に失神するのと、ちょっと違うんだよ。 倒れて

いる時、マウスピースをむき出したりして、すごく苦しそうに見える

だろ。 そりゃ殴り倒されるわけだから、これは大変なことだけど、

ノックダウン直後はそれほど苦しくないんだ。 ポワーンとした感じ

で、夢の中みたいとか、雲に乗っているみたいとか、よく言うんだ。

レフェリーのカウントも聞こえることが多いんだ。 それから後、助

け起こされて控え室に戻ってから、それからが苦しくなる。 頭がガ

ンガンするし、吐き気もする。次の日まで、頭痛がする子もいたな。

 僕はテクニカルノックアウトで、完全ノックアウトじゃないから、

気持ちよく寝たりは出来なかった。もう一度立ちあがって戦ったあげ

くの打倒負けだったらわからないけれど、

 実は高校ボクシングでは、ノックアウトされると当分の間、厳しい

ルールだと、6ヶ月間試合はできない。 高校生活は3年でしょ。 だ

から、危なくなると、コーチが早めに棄権させちゃう。 僕の場合も

多分そうなんだ。 この後、大事な定期戦がある。 だから・・・・

でも、口惜しいよ。

本当に倒れ伏すまで戦い抜きたかったんだ。

こういうのを少年ボクサー魂っていうのかなあ。

(その三に続く)