少年ボクサー憧憬
Adoration for Gloved Boys
その三 美少年の香り
古来我国日本は香りの国であった。 匂いの国と呼んでもよい。
源氏物語における匂宮、馨大将の挿話、あるいは 本居宣長作 敷
島の大和心をひととはば朝日に匂ふ山桜花 の表現 に見られるよ
うに、繊細かつ微妙な嗅覚の産物として
香りないし匂いは 我々の感覚のうちで重要な位置を占めている。
ただし、この感覚概念に関し多くの錯覚あるいは誤解が存在するこ
とは否めないし、 これが今後も継続するだろうことは、 まった
く、あたくしcharlieの遺憾とするところです。
まず、今日の日本では、異常なまでの匂い潔癖症とでもいうものが
あって、無臭であることがひとつの美徳であるように思われていま
す。 しかし、そんなことがありうるだろうか。 それからもうひ
とつ、汗は男の香水だというような スポ根マンガによって情報操
作されてしまった錯誤も世にはびこっているのが現状ではないで
しょうか。 たしかに、昔はこうじゃなかった。 そりゃ スポーツ
に打ちこめば汗をかくから、衣服はベタベタに汚れるし臭くもなる。
だけど、だからといって、臭い方がいいんだとは私には どうしても
思えない。 僕は剣道家に知り合いが多いのですが、剣道具のあの
特徴的な異臭が芳香だと感じるようじゃなくては一流にはなれん
とのたまう剣士はいくらでもいます。剣道具は洗えないのですね。
だから天日に干して乾かすだけなんですね。 (実は僕の義弟は空
手の師範ですが、彼も親族中で評判の臭い男だ) さて、ボクシン
グですが、ここでも同じ事情があります。 しかし、ボクサー全員
がそうなのじゃない。 大学ボクシングで名を馳せ、プロ転向後全
日本の王座に君臨し、世界戦への挑戦の実績もある某氏、引退後は
大きなジムを経営して後進の育成にあたっている某氏は、リングに
登場の前、トランクスにアイロンをかけ、みずからの身体にはオー
デコロンを振って登場したと聞いています。 Charlieは大阪落城の
際の木村重成の故事を思い出しました。 奥ゆかしいですねえ。 か
の某氏、ロータリアンですから、特別な人なのかもしれないけれど。
もうひとつ、木村長門守重成 討ち死にの際は美青年の誉れが高か
ったのだから、少年時代は間違いなく美少年だったのにちがいない。
さてようやく本題の美少年に戻ってきたのですが、 次は江戸時代の
お話。 赤穂義士の義挙に先立つこと数年、江戸浄瑠璃
坂の仇討という事件があります。 北関東の譜代大名、たしか宇都
宮藩主奥平家で内紛が起きています。 重臣同士の紛争です。 こ
れについては、史実の真偽は別として、昭和初期の文士、直木三十
五の著作で詳細を知ることができます。 もう今は読む人はほとん
どありませんが、その名は芥川賞と並ぶ直木賞の名称として今も残
っています。 大変な変人だったようで 三十五という名前は 1年
前には三十四、2年前には三十三だったのだそうで、毎年改名し、三十五
(つまり実年齢35)となって変えるのをやめちゃった。
多分これがいけなかったのだと僕は思うけれど、じきに病死してし
まう。 大変文章のうまい人で、大文豪谷崎潤一郎がそ
の著書文章読本の中で激賞しています。 彼の小説の発端部で、次
のような文章があります。 今、手元に原本がないので、ざっと粗筋をもうし
ますとね、前藩主の法事で、重臣たちが菩提寺に集まってくる。
そのうちの一人、奥平内蔵は病身で不参、代わりに嫡男の美少年奥
平源八郎を差し向ける.・・・・・みなさまおそなりもうしました
嫡男の源八郎十四だ。 前髪に振袖、美少年特有の魅香が、あたりに
ただよう。 おお源八か よく来たな さあこちらへ入れ・・・・
ここで源八郎は侮辱され、憤激した父親の内蔵は自殺してしまう。
仇討劇の発端です。 ここで出てくる魅香とは何を意味するのだろうか。
僕は抽象的な表現ではなく、実際の香りを
言っているのだと思う。 それでは、その香りとは? いくつかの
因子が考えられる。 先ず、髪油、時代は元禄だから、武家の少年
の前髪はかなり大型で油も相当量使われたのにちがいない。 しか
し、髪油は美少年でなくても、少年武士全員が使用していただろう
し、女性も使っていた。 つまり、美少年特有とはいえないのじゃな
いか。 次は体臭そのもの、あるいは汗の匂い、このほうが考えやす
いとcharlieは考える。 口臭は考えなくてもいいでしょうね。 あ
とは、所持していた匂い袋。 これが少年武士の嗜みだったという
記録はありません。 なお、江戸城内のお数寄屋坊主は持っていた
ようです。だから、あたくし独特の独断と偏見、あるいは我田引水、
口からでまかせの、charlie一流のロジックから、やはりこれは肉体
の香りと考えたいのです。 体臭とか身体の匂いというと、たいて
いは、それあの腋臭と短絡してしまう。 我々日本人は腋臭につい
てのかなりの誤解があると思う。 西洋人は臭い、しかし我々日本
人はそんなことはない。 みんなそう思っている。 しかし、人
類学的な統計によると、成人男子の腋臭発生率は、西洋人(この分
類はあまりにも大雑把すぎるけれど)70% 日本人10%中国
人4〜5% ツングース人0% となっていて、そんなに低い数字じ
ゃない。 もうひとつ、西洋の人々は我々のことを、生臭い、イカ
やタコみたいの匂いがするとよくいいます。 私もいわれました。
だんだん何を言っているのか自分でも分からなくなってきのだけれ
ど、 本題にもどりますと、美しい少年の持つ、初々しくかつ爽や
かな体臭は昔から賛美の対象だったんじゃないか。 美少年愛は、ど
この民族にも、どの時代にもあったと思います。 匂いは形に具体
化できないから、残らない。 博物館に保存されないのですね。
しかし、メタフィジカルには、具象美術として、明らかに保持されて
きました。 名画の画面から、大理石像やブロンズ像から、そこに
表現された美少年のしなやかな姿態から立ち上る芳しい香りを我々
は容易に感得できるのです。 皆さんそう思いませんか? 少年ボ
クサーの実例は、まず、エーゲ海文明、サントリニ島のティラの遺
跡から発掘された"ボクシングをする少年たち"があげられます。
現在は首都アテネの国立考古学博物館に収蔵されています。 多分
12〜3歳の少年が、上半身裸体、髪をポニーテール風に結って、
両手にグローブをはめ、互いにパンチを相手の顔面にあてている画
面でした。 まさしくGBSに該当します。 ただし、ここでは、
英語訳で、Boxing children とされ、boys となっていない
のは何故か charlie は存じません。 しかし、この画面からは汗の匂い、
体臭は伝わってこないのです。 これの原因は、壁画が大きく破損
し、その修復にあたって、考証が十分にされなかった為と思われま
す。 こんなことをいうと、考古学者は怒るでしょうが、少なくと
も、少年ボクシングに関する知識は殆ど皆無だったと私は思ってい
ます。 次の実例は米国ロスアンゼルスのゲティー美術館にありま
す。 これはボクシングではなく、少年レスリングですが、美しい
肢体の少年2人がいざ組みあおうと身構えているところ、charlieは
彼らの肉体から発散する香気をまざまざと体感しましたね。 実は、
少年ボクシングの表現例は決して多くはない。 ギリシャ彫刻でも、
憎たらしい髭もじゃの成人ボクサーの例ばかりで、これは多分、古
代オリンピックはたちまち堕落し、職業的なボクサーばかりになったか
ら。 近代オリンピックも同じ道をたどっているのじゃ
ないかな。 古代オリンピックの無批判な賛美は、一部のスポーツ
ジャーナリスト、そうして政財界に寄生する体育関係者の常套手段
です。 あはは、とうとう僕チャーリー本性を現わしちゃった。
中世ヨーロッパにも美少年愛好はよくあります。 カソリック教会
は一応は女子禁制です。 しかし、彼らの欲求不満の解消はやはり
行われなくちゃならない。 マリア様や聖女様も当然対象になった
のでしょうが、 主流は美少年です。 もっとも有名なのは 聖セ
バスチャン この聖人はローマ軍団の兵士だったのが、弓矢で射殺
されて殉教する。 美青年だったことになっていて、だから、美し
い半裸の身体に矢が無残に何本も突き刺さった形で造形されている。
もう少し詳しくいいますと、腰のまわりに小さい布が
巻きつけられているだけ、若者の肉体を惜しみなく見せつけている
わけだ。 極端な場合には、本当に美少年で、体型それから容貌か
ら15,6歳の年齢と想像される子が、 腰の布はさらに小さく、そ
れが下にずり落ち加減で、 陰毛がいくらか見えている作例もある。
実例はたしか、ルーブル美術館にあった。 女性の裸体つまりヌ
ードだけれど、実に美しい。 しかし、それにも増して、美少年の
肢体の美しさ、筆舌に尽くし難い。 これは単に均整がとれている
とか、色が白いとか、 足が長いとか、そういう限定された形の美
しさとは違うと思う。 それ以上の、身体の内面から吐露するメタ
フィジカルな美の極致の体現ではないだろうか。 美はアポロ的な、
そうしてディオニュソス的(つまりバッカス)な2面をもっている。
ニーチェの考え方だ。 実は、ギリシャ・ローマ彫刻では、この2
神とも全裸の美少年として表現されることが多い。 なお、下腹部
の陰毛は表現されていないのが普通だ。 ただ美しくかわいいだけ
でなく、特にアポロは武器を持った凛々しく雄雄しい若武者の姿な
のである。 僕はここに現代の美少年ボクサーの姿を重ね合わせたいのだ。