少女には自信があった。実績もあった。新空手の試合では国内敵無し。
タイへのムエタイ遠征では判定で敗れはしたものの、
8kgも体重が上のベテラン選手を相手にしての健闘。
1988年5月29日、全日本キックボクシング連盟で初めて組まれた女子の試合に臨み、
周囲の、そして少女自身の期待はいやが上にも高まっていた。
しかし、程なく少女は、世界の壁が厚く、高いことを知ることになる。
少女と同年代だという英国からの刺客は、パワーとテクニックで少女を翻弄する。
1Rこそ、意地で双方1ダウンと互角の戦いを見せるが、2Rは完全にペースを奪われ、
続く3Rには防御で精一杯となる。
その防御すらかいくぐり、力強い右ハイキックが少女の顎を直撃する。
「いけない、このままでは・・・。」
最後の力を振り絞って構えかけた右拳のガードはしかし、
ハイキックの返す刀で無慈悲にも剥ぎ取られてしまう。
薄れゆく意識の中で最後に少女が見たものは、
迫り来る真紅のグローブの光沢に映り込む己の運命であった。
少女の名は、熊谷直子。
伝説の女王の物語は、始まったばかりである。